心臓消失殺人編

特別危険犯罪対策室

 ヘリコプターが一機すらない何もない発着場に一人の男が立っていた。リクルートスーツに身を包んだその男は一枚の紙を手にしていた。

 「本当にここだよな」

 男はそんな独り言を口にしながらその紙を見つめる。「辞令 酒井悟さかいさとる 貴殿を特別危険犯罪対策室への異動を命じる」その紙に書いてあった内容をもう一度、酒井悟は確認する。

 「しかし特別危険犯罪対策室なんて聞いたことないぞ。あ、もしかして雑用ばっかさせられる部署とか?そりゃそうだよな。俺防衛大学成績最下位だったし......」

 落ち込んだ顔をした酒井はその場に座り込んだ。すると次の瞬間、突如酒井の頭上から物凄い轟音がした。それと同時に強風が吹き荒れる。驚いた酒井は思わず立ち上がり、上空を見た。だが上空には何もない。上空を見上げている少々混乱気味の酒井の耳に、男性の声が聞こえた。

 「あー、ちょっとそこの君、そこから離れてくれる?着陸できないから。」

 その声を聴いた酒井は慌てて自分が今いる場所から避難した。中年男性の声の残響音がなくなると同時に上空から巨大な黒い飛行機が突然姿を現し、着陸した。


 未だ状況が飲み込めない酒井の元に着陸した飛行機から一人の中年男性がやって来た。

 「君が酒井悟君だね?」「は、はい、自分が酒井です......」「僕は中田裕二なかたゆうじ。詳しいことは中で話すから、とりあえず乗って」

 中年男性と酒井が簡単なやり取りをすると、二人は飛行機の中へ入って行った。

 「あ、あの......」「ああ、この飛行機?僕たちは八咫烏やたがらすって呼んでてね。ホバリング機能搭載、最新型のステルス装置とクローク装置で完全な不可視飛行が可能、これまでの最長飛行時間は十日、あ、あとお風呂が二つと全室冷暖房、IHキッチン付きで、貨物室に車も......」「あ、あの」

 マシンガンのように休みなく八咫烏の説明をする中田を酒井が制止する。

 「特別危険犯罪対策室ってどこなんですか?」「ああ、もう直ぐ着くよ」

 そう言われて中田と通路を歩いていると、酒井は大きなモニターとテーブルのある部屋に案内された。

 「ようこそ、特別危険犯罪対策室へ」

 

 その部屋には酒井と中田の他に四人の男女が椅子に座っている。

 「みんな、こちら今日からメンバーに加わる酒井悟君。酒井君、こちら左から道重宏みちしげひろし仁藤慎二にとうしんじ冬木直子ふゆきなおこ湊彩香みなとあやかね」「は、はあ。酒井悟です。よろしくお願いします」

 動揺した酒井の挨拶に硬い表情をする者もいれば笑顔で応える者もいた。動揺している酒井をよそに中田は話を続ける。

 「じゃあ酒井君、そこ座って。簡単に説明するね。世の中には特殊な能力を持つ人達がいてね、僕達はその人達のことを狭霧さぎりって呼んでるんだけど、僕達の仕事はその狭霧が引き起こす、警察の手には負えない事件を捜査して、犯人の狭霧を保護することなんだ」

 中田の説明を聞いていた酒井は口を開けたまま中田の方を向いている。

 「ちょっと、話聞いてんの?」 酒井の席の隣に座っていた湊が注意する。

 「す、すみません!」注意された酒井は背筋を伸ばした。


 「まあまあ、仲良くやってよ。とりあえず歓迎会は後にして......。早速だけど事件の捜査に入るよ。昨日の午後十一時頃、とある駐車場で建設作業員の男性が遺体となって発見された。遺体には不自然な点があってね......。被害者の体には傷一つなかったんだけど、解剖の結果、被害者の心臓だけが綺麗になくなってたらしいんだ。この遺体の不自然な状態から、警察上層部は狭霧の犯行を疑い、防衛省から僕達に捜査の依頼が入った。今入ってる情報はここまでしかなくてね。後の詳しいことは現地に行ってからになるかな」

 事件の内容を説明し終えた中田は、硬い表情をしている道重に「シゲさん、ここから現場までどれくらいかかる?」と聞いた。すると道重は「二時間くれえだな」と江戸っ子のように答えた。

 「よし、じゃあ、早速出発するよ!」中田の掛け声と同時にメンバーは席を立った。


 その頃......とある駐車場で。「わ、悪かった!お、お、俺が悪かった!許してくれよ、な?」怯えている男の命乞いの言葉を無視し、黒いフードの男は左手で男を掴み右手を握る。すると、男の拳が徐々に薄い紫色に光り始めた。

 「や、やめろ!や、やめ、あぁぁぁぁぁ!!」次の瞬間黒いフードの男が掴んでいる男の心臓めがけて光っている拳を心臓に当てた。すると、男は口から血を吐き出し、そのまま息絶えた。

 「あと一人......」

 黒いフードの男はそう言うと、掴んでいた男を駐車場の床に放り投げた。

 

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