9


 ライムミントのフリフリなドレスに着替えさせられた沙良は、裾や袖が広がるのをおさえながら、ミリーが煎れてくれた紅茶を飲んでいた。


 沙良の着せ替えに成功したミリーは、ご満悦で沙良の真向かいでクッキーを頬張っている。


「それで、沙良様は窓の下にシヴァ様を発見して、しゃがみこんで隠れてたんですかぁ?」


 ミリーの声には愉しそうな響きがある。


「まあ、あれを見たら隠れたくもなりますよねぇ」


 あれ、というのは五人ほどいた女性のことだろう。


 沙良は何となくだが気になって、ミリーに訊いてみた。


「あの人たちは、シヴァ様の、お友達、ですか?」


 友達よりは親密な感じがしたが、五人もいたので、恋人とは言い難かった。


 すると、ミリーはクッキーを飲み下して、紅茶で喉を潤してから答えた。


「違いますよぉ。『暇つぶし』の相手ですぅ」


「暇つぶし……?」


「ああー、近い感じで言うと、愛人?」


「愛人!?」


「シヴァ様に愛があるのかどうかはわかりませんけどねぇ」


 ミリーは、はあっとため息をついた。


「といっても、あの人たちは妻気取りでいるんで、あんまり近づかない方がいいですよぉ」


「妻……」


 すると、奥さんが五人いるということだろうか。


 悩んでいる沙良をよそに、ミリーは新たなクッキーに手を伸ばす。


「一応、あの人たちも、お城の部屋は与えられてますけどねぇ。わたしはあの人たち、きらいですぅ」


 ケバケバしくて、と子供らしからぬ侮蔑を含んだ表情でミリーは吐き捨てた。


「まあ、お城は広いんで、自分から会いに行かなきゃ、めったに会うことはないと思いますよぉ。だから、変な気、起こさないでくださねぇ。面倒なのは勘弁ですぅ」


 そんなことより、とミリーは沙良の方に身を乗り出して話題を変えた。


「せっかく昨夜、シヴァ様を撃退できたんですからぁ、今のうちに、何かやりたいことはないんですかぁ?」


「撃退……」


 撃退したのは沙良ではなくミリアムだが、沙良は昨夜、部屋から去るシヴァの氷のような表情を思い出して、びくっと震えた。


 怒らせなかっただろうか。


 もしかしたら、怒らせた分、ひどい目に合わせされるのではないだろうか。


 びくびくしていると、ミリーがあっけらかんと答えた。


「怯えなくても、だぁいじょうぶですよぉ。ミリアム様が、シヴァ様から守ってくれますからぁ。きっとしばらく平和に暮らせますって。で、何かしたいことはないんですかぁ? 退屈でしょ~?」


 ミリーの明るい声を聞いていると、本当に大丈夫な気がしてくるから不思議だった。


 沙良は少し考えて、ちらっとミリーの持つクッキーに目を止めた。


「……お菓子作り」


「ふえ?」


「お菓子作りが、したいです」


 それは、昔から思っていたことだ。


 一度でいいから、お菓子作りをしてみたい。


 閉じ込められた沙良は、お菓子作りはもちろん、料理もしたことがない。


 だが、子供のころから、お菓子を作ってみたいと思っていたのだ。


 ミリーは変な顔をした。


「お菓子ぃ? お菓子なんて、できてるの食べればいいのに、沙良様って変わってますねぇ」


 うーん、と首をひねってから、ミリーはにこっと微笑んだ。


「わかりました。いいですよぉ。ちょうど適任がいますから、その人に教えてもらいましょうか!」


 そうして、沙良はさっそく、午後からお菓子作りをすることとなったのだった。

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