8

 沙良さらは、部屋の窓からぼんやりと城の庭を見下ろしていた。


 城の庭は、沙良の窓から見渡せる範囲だけでもかなり広い。


 灌木かんぼくで作られた迷路や、翼が生えた石像、噴水や背の高い木々――


 いろいろなものが、絶妙なバランスで、広大な敷地の中にポツンポツンとおさまっている。


 昨夜――


 シヴァが部屋から出て行ったあと、ミリアムに促されてベッドに入り、気疲れしていたのか、いつの間にか眠っていた。


 目が覚めたときにはすでに朝で、ミリーが朝ごはんを持って起こしに来てくれたのだ。


 そのあとミリーは「またあとで来ます」と言い部屋を出て行ったので、沙良は一人の時間を持て余していた。


 何もすることがないので、こうして庭を眺めていることにしたのだが、つい数分前から、沙良の視線はある一点に注がれていた。


 数分前、庭にシヴァがあらわれたのだ。


 散歩でもしているのか、噴水のあたりを歩いているのだが、その両脇には、綺麗に着飾った女性が五人ばかり侍っている。


 彼女たちは青や黄色や緑といった個性的な髪の色をしていて、さらにドレスもカラフルなので、その一角だけ妙に華やかだった。


(魔王様、モテモテです)


 彼女たちは、口々にシヴァに何かを話しかけては、くすくすと楽しそうに笑っている。


 ここからシヴァの表情は見えないが、あれだけの女性に囲まれたらきっと楽しいだろう。


 あの怖いシヴァでも、彼女たちには微笑みかけたりするのだろうか。


 生贄いけにえの沙良には、冷たい視線しか向けないけれど――


 昨夜、ミリアムが助けてくれたから、沙良はまだ生贄として死なずにすんでいる。


 だが、きっと、近いうちにその瞬間は訪れるのだろう。


 昨夜の怖いシヴァの顔を思い出して、沙良は少し悲しくなる。


 ――そのとき。


 シヴァの顔が上を向いた。


「―――っ」


 沙良は慌ててその場にしゃがみこんだ。


 シヴァの視線が、こちらを向いた気がしたのだ。


(目、合った……?)


 沙良が見ていたことに気がついただろうか。


(怒られる……?)


 びくびくしていると、コンコンと部屋の扉がノックされて、フリルとレースたっぷりのライムミントのドレスを小さな腕に抱えたミリーが入ってきた。


 窓の下にしゃがみこんで丸くなっている沙良を見て、パチパチと目をしばたたく。


「なにしてるんですかぁ? 沙良様」


「えっと……」


 沙良は途端に恥ずかしくなって、慌てて立ち上がって窓際から離れると、窓から少し離れたところにある皮張りのソファに腰を下ろした。


「何でもないです」


 取り繕ったように笑ったが、ミリーは騙されてくれず、ひょいと窓の外を見下ろして「ああ」と苦笑した。


「シヴァ様ですかぁ。相変わらずお盛んですね~」


 その声に、少しばかり軽蔑したような響きが混じっていた気がするが、気のせいだろうか。


 それから、ミリーは腕に抱え持っていた豪華なドレスをベッドの上において、沙良を振り返る。


「さあ、沙良様、着替えましょ!」


「え?」


 すると、そのフリフリの豪華なドレスは、沙良の着替えだろうか。


 沙良はまだ昨日の夜着のままだった。


 これも十分可愛いし、ルームウェアとして申し分ないと思うが、その動きにくそうで、とても豪華なドレスに着替えなくてはいけないのだろうか。


「それに、着替えるの……?」


「そうですよ」


 ミリーはあっさりうなずいた。


 ミリーも、フリルたっぷりの膝丈のドレスを身に着けているが、彼女の場合はそれがとても似合っているので問題ない。


 だが、シヴァにも初対面の時に「貧相」だと言われた沙良に、そのゴージャスなドレスが似合うだろうか。


「沙良様は細いから、ふわふわしたドレスを着ないと、風に飛ばされていきそうですぅ。だから、このドレスにしましょう!」


 ピンクでもよかったんですけど、この色も似あうと思うんですよね、とミリーは鼻歌交じりに沙良の夜着を脱がしにかかる。


 沙良は大慌てで部屋の隅に逃げた。


「ま、待って! もう少し、その、シンプルなのが、いいです。そんなお姫様みたいなドレス、きっと似合いません!」


「似合いますよぉ」


「むりむりむり!」


 昨日よりはスムーズに会話ができるようになった沙良は、「むり」と言いながら、ミリーの手から必死で逃げた。


 だが、ミリーも負けていない。


 もともと外出することもできず、部屋の中で十七年生活していた沙良だ。


 もちろん体力や俊敏性など持ち合わせているはずもなく、回り込んだミリーにあっさり捕まってしまった。


「はい、着替えますよぉ」


 にこっと微笑んではいるが、有無を言わさない迫力に、沙良は結局諦めて、渋々頷いたのだった。

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