雪白の月(スノークリスタル)と顆揃いの魂(スピリッツ)は腕の中に

陽夏忠勝

第1話、月の瞳の少年、はじまりの朝


SIDE:『スノークリスタル』




その日のタカ・セザールの目覚めはいつもより早かった。

それは、前日の夜に行なわれていた、歓送夜会による影響は多分にあっただろう。



姉妹校である、ユーライジアスクール『四王家』の一つ、カムラル家。

カムラル家には、【火(カムラル)】の根源に愛されし姫がいる。


カズ・カムラルと呼ばれる彼女は。

カムラル家のたった一人の跡取りであるとともに、ユーライジアの至宝と呼ばれる人物である。


そんな彼女はつい先日まで姉妹校であり、タカの自宅でもあるラルシータスクールへと短期交換留学に来ていたのだ。

至宝と呼ばれるだけあり、その美しさはユーライジア一とも言われ、ここ数日間大騒ぎの大忙しだったとタカは記憶している。


特に昨日は盛り上がって、送る会であるにも拘らず、送る側のラルシータの生徒たちが、そのままカムラルの姫にくっついてユーライジアスクールについていってしまいそうな勢いだったのだ。

それは、タカ自身が実家ではなくユーライジアスクールに在籍していたり、その交換留学の相手がタカの『妹』であったことも大きかっただろう。

あるいはタカ自身が、カムラルの姫と親しい友と呼べる間柄であったことも、騒ぎを助長させる原因にはなっていたかもしれない。



とにもかくにもいろいろありすぎて興奮冷めやらぬまま、ひと欠伸してタカは跳ね起きる。

タカの銀の眉はその人となりを示すかのように太いが、『光(セザール)』の血を印す白銀の髪はさっぱり短く刈っている。


その事に大きな意味はない。

ただ、整える時間より寝る時間を惜しんでいたいだけで。



「さて、朝の訓練でもするかな」


ラルシータ居住区の入り口。

傘やら長靴やら雑多な雑貨が置かれている中から錆びかけた鋼錫杖を抜き取り、胡乱な足取りで外庭へ。


ここ最近は、起きれば必ず先に起きていたカズが房の大きな竹箒で掃除という名の思索に耽っていた場所だ。


タカの訓練が興味深いらしく、不躾に観察されてずいぶんやりづらかったのをタカは記憶している。

いないならいないで、やる気が全くこそげ落とされるのだから困りものだが。



「ヴァル~、来いっ」


タカはずいぶん気の抜けた声でいつもの稽古相手に呼びかける。

その呼んだ相手はタカの相棒であり愛用している得物である、月の根源『アーヴァイン』の魔力が秘められていると言われる、意思ある投槍(スピア)のことである。


名は、『ルナカーナ』。

言葉は介さないがタカとは魔力で繋がっており、そうして付けた名をを呼べば、飛んできてくれる優れものだ。


その投槍、通称ヴァルを語るには、ラルシータスクールの歴史を語らねばならぬほどタカに、あるいはセザール家に深く関わっているのだが。


タカ自身、その事を詳しく知らなかった。

何故、光の根源の名を顕すセザール家が、元々月の根源の治めていたラルシータスクールの長になったのか。


何故ルナカーナスピアが、自分とともにあらねばならぬのか。

その辺りのことを聞こうとしても、その事を一番知っているだろう父、ルレインが、頑として口を割らないからだ。


まぁタカとしても、ルナカーナスピアが優れた武器であるのに変わりはないので、取り立てて知ろうと思わなかった、というのもあるだろうが。



「ヴァル、どこだー?」


しかし、気の抜けた呼び声だったせいか、いつものように魔法の投槍は飛んでこない。

今日はどうしたのかとタカが首を傾げていると。



「はいは~い」


思いも寄らない可愛らしい声が返ってくる。

まさかルナカーナスピアが喋るわけないだろと固まっていると。

案の定顔を出したのはこのラルシータの王とも呼べる父、ルレインですら頭が上がらないラルシータの主(ぬし)であると認知されている、ルコナだった。


たんぽぽの黄色が強い白金(プラチナ)の髪は、見た目相応な幼さを演出するシニヨンにまとめられている。

楽しげに、しかし柔らかく見守るようなその瞳には、蒼い月が棲んでいる。

そんな彼女は、人ならざる『魔精霊』と呼ばれる種のひとりである。


字は『月(アーヴァイン)』。

天に浮かぶ月の使者である幼き少女は、しかしその見た目通りの……たとえば妹のような扱いをすれば大変お怒りになる。



「ルコナ……さんを呼んだわけじゃねえよ。ルナカーナスピアを呼んだんだけど」


油断すると呼び捨てになりそうになるのをタカはなんとかこらえ、文句を言う。

確かに名前がちょっと似ていなくもないか、なんて内心では思っていたが。


「そうなの? カズちゃんもセリアちゃんもいないから寂しいかなと思って」


するとルコナはなんだか楽しそうに持っていたカムラルの姫、カズ愛用の竹箒を振り回した。


無意識のまま、慌てて間合いを取るタカ。

よくよく見てみると、呼んだはずのルナカーナスピアの姿はどこにもない。

ルコナの言い分を聞いて空気をよんだのだろうか、なんてろくでもないことをタカは考えてつつも。


「だ、誰がだよ」


自覚している部分は少なからずあったので、タカは図星を指されたかのような言葉を返してしまう。

タカとしてはカムラルの姫より、『妹』のセリアの部分にうろたえていたわけだが。


「そりゃタカに決まってるけど~。あ、そうそう寂しいで思い出したけどやばいよっ、うち、財政難でつぶれちゃうかも!」


そんなタカがあからさまにうろたえて瞳を泳がせていると。

その話はもう終了とばかりにルコナは話題を変えた。


「え? それって……」


まぁ冗談だろうが、セザール家の財布を抱えている彼女の言い分なので侮れない。

箒のトゲトゲの方を向けながらにじり寄ってくるルコナを巧みに回避しながら。

タカは詳しい話を要求することにして……。



              (第2話につづく)






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