写 真

上条 樹

写 真

 それは2020年の夏休みが明けた教室での出来事であった。


 彼女にとって朝早く学校の教室で一人ゆっくりと微睡まどろむむ事が日課になっていた。


 彼女の名前は中山なかやま麻衣子まいこという。この高校の二年生。

 毎朝、誰も居ないこの教室で何も考えずにボーとしているこの時間が彼女にとっては至福の時間であった。


「おはよう」麻衣子の友人、渡辺わたなべ紀子のりこが元気よく教室に飛び込んできた。


 紀子は麻衣子の小学校からの友人で、現在はとなりのクラスである。


「おはよう・・・・・・」ウンザリするくらい元気な彼女に麻衣子はだるそうに挨拶あいさつを返す。今日の憩いの時間は終わりのようであった。


「ねえ、ねえ、麻衣子、見て!見て!これ見てこれ、すごい写真を見つけたのよ!心霊写真よ!」紀子は少し前に流行っていた使い捨てカメラで撮ったと思われるスナップ写真を差し出した。

 

 古い民家の部屋で撮影したと思われる写真。そこには無数の白い球体が写っていた。


「これが何?」その写真を一瞥してから麻衣子は返答した。


「だって、これオーブよ!オーブ!これが沢山写るとその家は幸福しあわせになるらしいよ」紀子は興奮気味に写真を指さした。


 麻衣子は普通の人よりも霊感というものがあるらしい。他の人には見えない物が見えたり、声が聞こえたりするのだ。


 それは、物心ついた頃からの事であり、麻衣子にとっては日常なのだ。その力の事を知ってか、友人・クラスメイトは不思議な事があると、兎に角、麻衣子の元にやってきて報告してくれる。ただ、そのほとんどの場合が見間違いや、聞き間違い、錯覚さっかくの類であった。


「これはね、空中に浮いたほこりにカメラのフラッシュの光が反射して写ったものだよ。霊的なものではないわ」麻衣子は心霊写真のたぐいもたいてい一目見れば、偽物かどうかがすぐに解かるのだ。


「そうなんだ・・・・・・・、それじゃあこれはどう、右下にオレンジ色の大きな球体が・・・・・・」


「それは、あなたの指がカメラのレンズに当たって写っているの」紀子が言い終わらないうちに、写真の解説をした。


「それじゃあ、これはトンネルの中を走るバスの窓に恐ろしい老婆の顔が!」紀子が説明するように、写真に写ったバスの窓には大きな老婆の顔が微笑んでいた。


 その老婆の顔の大きさは座席に座っている学生の倍以上の大きさであった。「これは、死んだお婆さんの・・・・・・・」


「そのお婆さん、紀子のお家のお婆さんじゃないの?」麻衣子はコメカミの辺りを人差し指で押えながら解説をした。軽く頭部のマッサージでもしているようである。


「えっ、あら本当だ、うちの婆ちゃんだ」紀子は写真を目の前まで近づけて、やっと気が付いた様子であった。


「最近のデジカメだとなかなかそんな写真は撮れないのだけれど、フィルムを使ったカメラではよくそんな事があったそうよ。それはたぶん二重露光にじゅうろこう。使い捨てカメラのダイヤルがキチンと回っていなかったのではないかしら、同じコマの中に二回光が入るとこういう写真になることがあるそうよ」麻衣子は少し退屈そうに欠伸をしながら窓から校庭を眺めた。


 そろそろ他の生徒達が登校してきたようである。


「こ、これはどう!私の後ろの草むらに人の顔が・・・・・・・・!」紀子は目を見開き、麻衣子を脅かすように言った。


「それは、木の葉っぱよ。人は影とか物が均等に三つ並んでいると、心理的に人間の顔を連想してしまうらしいわよ。滑稽よね」麻衣子は両手で顔を覆い眠気を飛ばすように擦った。


「おはよう!あら、麻衣子早いのね」クラスメイトの昌子しょうこが登校してきた。


「あ、昌子ちゃんおはよう」頬杖ほおづえをして昌子という少女の顔に視線を送りながら、麻衣子は挨拶あいさつをした。


「どうかしたのこんなに朝早くで何か考え事?」昌子は荷物の整理をしながら語り掛ける。


「ううん、別になにも・・・・・・・、それに私はいつも、このくらいの時間には教室にいるよ。別に用事はないのだけれど、ただ、ぼーとしていたいだけ……」麻衣子は椅子の背もたれに体重をかけながら背伸びをした。


「そういえば、となりのクラスで写真部の渡辺紀子さんって、麻衣子の友達だったんだよね」昌子の表情が少し暗くなる。


「そうだよ」


「残念だね。まさか夏休みに亡くなるなんて……、交通事故よね?」


「そうね……、夏休み中のお葬式があったわ。飲酒運転のトラックに跳ねられたそうだけれど綺麗な顔だったわ」

 

「気の毒だったわね」昌子は同情するように麻衣子の目を見た。


「まあ、私はいつでも会えるからね」麻衣子は、また校庭を見た。


「そうね。人は死んでも生きてる人の記憶の中で生きてるって言うものね」昌子の瞳が潤んでいる。彼女の言葉を聞いてから、麻衣子は溜め息をついてもう一度、目の前の席に座る少女に視線を送る。


 そこには無邪気むじゃきに微笑む渡辺紀子の笑顔があった。

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写 真 上条 樹 @kamijyoitsuki

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