世界一の幸せ者は風と共に散りゆく

岩木田翔海

世界一の幸せ者は風と共に散りゆく

 昔々、あるところに一人の魔女がいました。その魔女は誰にも知られずに山奥でひっそりと暮らしていました。

 ある日、山に迷い込んできた一人の女の子はその魔女の住む小屋の扉をたたきました。

「すみません。誰かいませんか。迷子になってしまって」

 魔女は扉を開け、少女を招き入れ、山でとれた果物を絞ったジュースを飲ませてあげました。しばらくして少女は魔女に尋ねました。

「おばあさんは一人でここに住んでるの」

 ええ、そうよ。と魔女は答えました。

「寂しくないの」

「寂しくはないわよ。だって近くに鹿さんやうさぎさん、小鳥さんたちがいっぱいいるもの」

 それから二人はしばらく話し、気づけば日も傾き始めていました。

「暗くなる前にお帰り」

 魔女は言いました。

「でも、道が分からないの」

 少女は不安げに答えました。

「大丈夫よ。この前の道をまっすぐ下っていけばおうちに帰れるわよ」

 魔女は言います。

「でも、ちょっと心配。おばあさん、ついてきてよ」

 少女は魔女に頼みました。

「ごめんなさい、私にはそれができないの」

 魔女は答えます。

「私はこの山から出ることができないの」

 どうして、と少女は聞き返します。

「それは私が魔女だから、ということにしておきましょうか」

 魔女は少し笑って自分が魔女であるということを明かす。

「おばあさんは魔女だったの」

 少女は問います。

「そうよ、だから私は山から出られないの」

「どうして魔女だと山から出られないの」

「それは、魔女が人間とは相容れない存在だからよ。だから人間は私が現れると大騒ぎしてしまうのよ。そして場合によっては私は殺されてしまうの」

「大丈夫だよ。みんな心優しいからだれもそんなことしないよ」

「そうじゃなかったとしても、人間を見ると私は鳥肌が立ってしまうの」

「でも、私なら大丈夫なんでしょ」

「ええ、でもあなたは例外なのよ。あなたほど純真ならば鳥肌も立たないの」

「純真って」

「何一つ穢れのない純粋な存在だってこと」

「私って純真なの」

「ええ、そうよ」

「わかった。じゃあ今日は一人で帰るね」

「じゃあね、気をつけるんだよ」

「魔女さん、また遊びに来ていい」

「もちろんよ。そのときはケーキでも焼いて待ってるわ」

「じゃあね、魔女さん」

 魔女は山を下っていく少女をいつまでも眺めていた。


    ***

 月崎美桜は絵本を閉じた。

 彼女は壮大な自然の中ではなく、人工物のはびこる病室の中にいる。

「そろそろかな」

 彼女はそう言って絵本を机に置いた。タイトルは「呪われた魔女」。およそ少女が好くようなタイトルではないが、この物語は彼女のお気に入りだった。


 コンコン

 乾いた空気にその音だけが響き渡る。

 どうぞ、と短く返す。

「こんにちは、月崎さん」

 入ってきた少年は加地勝虎。名前負けした気の優しい同級生である。

 私は現在、公立の成川高校、三年五組に所属している。ということになっている。というのも私は一度も高校に行ったことがないからだ。加地君はそんな私のクラスメートで、家が病院から近いからという理由で担任から荷物伝達の命を授かっているのだ。

 先ほども言った通り私は一度も登校したことがない。ましてや友達もいない。だから加地君は私にとって唯一の外とのつながりだった。だから、外のことを知りたい私はついつい彼に尋ねてしまう。そして加地君は気が優しいからなんだかんだ言いながらも最後まで話に付き合ってくれるのだった。

「こんにちは、加地君。いつもありがと」

 本心からの感謝は少し気恥しいのか、加地君は少しだけ早口になる。

「そんな、大したことじゃないよ」

「そうかも、大したことじゃないかも」

 私はおどけて言ってみせる。

 そして、それを合図に二人で笑った。

「ところで今日は学校でなんか面白いことあった」

 加地君から話を聞くことは最近の数少ない楽しみの一つである。

「そんな、特に面白いことなんてなかったよ」

「えーそんなあ。楽しみにしてたのに」

 加地君はごめんごめんと謝っている。

「たまには月崎さんのことも話してよ」

「話しても面白くないよ」

「それでも話してよ。僕は知りたいの」

「そんなに私のことが知りたいの。それって私に好意を持って」

「そういうわけじゃないから」

 加地君は慌てて返す。

 でもね加地君、好意を持ってない子はそんな毎日は私に会いに来てくれないんだよ。

 ちょっと面白くなってもう少しいじってみる。

「えー、じゃあ友達でもないってことなの。私は加地君のことを友達だと思ってたのに」

「いやー、そういうわけじゃ」

 加地君はすっかり困り顔だ。

 そんな加地君を見れたところで私は話を戻す。

「『呪われた魔女』って絵本知ってる」

「知ってるけど」

「私、その物語が好きで何回も読んでいるの。加地君が来るまではそれを読んでたの」

「どうしてその話が好きなの」

「どうしてなんだろう」

 実は、私自身もなぜあの本が好きなのかは分からない。ただ一つ言えるのはあの話を読んでいるときは正体の分からない安心感に包まれるのだ。

「この話に出てくる魔女が私と正反対だからかな」

「魔女は山にいるときだけは、どんなことでもできてしまうんだっけ」

「うん、魔女にできないことはないの。金銀を生み出すことも、虹をつくることも、時間を止めてしまうことも。反対に私は何もできない。何をするにも病気が邪魔をするの」

「でも、僕は少しだけ似てると思うよ」

「どうして」

「二人とも自由になれないところかな。魔女は魔法のせいで人々から忌み嫌われ、そのせいで山から下りられない。月崎さんは病気のせいで病院から出られない。二人とも自分が持ってしまったもののせいで自由を奪われてるんだよ」


 時計が鳴って六時を知らせる。

「ごめん、もう帰らないと」

「じゃあね、加地君。気をつけてね」

 私は彼の背中を見送った。

 ここからは一人の夜が始まる。

 私はもう一度「呪われた魔女」を開いた。


    ***

 あくる日少女は再び魔女の家を訪れました。

「こんにちは、魔女さん」

「はい、こんにちは。今日はケーキを焼いておいたわよ」

「やったー、ありがとー」

「どういたしまして」

「ところでなんで今日、私が来るってわかったの」

「それは私が魔女だからだよ。魔法を使えばなんだってできるの。こうやってケーキを一瞬で作ることも」

 そういうと魔女は魔法でケーキを作った。

「わーすごい」

 少女は魔女の魔法に、それこそ魔法にかかったかのように、魅了されている。

「さあ、お食べなさい」

 魔女はこれまた魔法でフォークを出した。

「いただきます」

 少女は咀嚼する音が聞こえてきそうなほどにぱくぱくと食べていた。

「おいしーよ」

「ありがとう」

 魔法にできないことはないのだ。おいしいケーキを作ることなど、それこそピースオブケイクなのだ。

「すごいなー魔女さんは、何でもできて。私なんか何にもできないのに。今日だってお母さんに褒められようとして食器を洗ってる最中に食器を落として割っちゃって迷惑を掛けちゃったし、お父さんに褒められようとして荷物を運んでいるときに足の上に落としちゃって心配を掛けちゃって、何をやってもうまくいかないんだもん」

 少女はケーキを食べ終え、転じて明るい声音で魔女に言った。。

「何でもできるだなんて、魔女さんは世界一の幸せ者だね」

 少女の頬には生クリームがついていた。


    ***

 今日も朝日はひとりでに昇っていく。私は一人で体を起こすことすらできないのに。

 太陽も私を置いていく。

「おはようございます、月崎さん」

「おはようございます」

 看護師の北見さんに挨拶をする。

 今日も夜を越えたのだ。越えることができたのだ。

 朝日は新しい朝を祝福する。しかし、その光は私には強すぎて、私を貫いているようにも感じられた。

 平日と何ら変わらない日曜日が始まった。

「月崎さん、おはよう」

 九時を少し回ったところで加地君は現れた。休日なのに何一つ文句も言わずに私の相手をしてくれるのだ。

「おはよう、加地君、今日も早いね」

「ごめん、早すぎたかな」

「ううん、ちょうど暇を持て余してたところだよ」

「それならよかった」

「でも、今日は検査があるから途中で抜けちゃうけどいい」

「もちろんかまわないよ」

 私の病気には休みがない。そして終わりもない。

「ところでさ、前話してた『呪われた魔女』のことだけどさ、この話に登場する魔女は少女の言う通り本当に幸せだったのかな」

「じゃあさ、加地君にとっての幸せってなに」

「それは難しい質問だね」

 加地君は何事に対しても全力だ。こんな答えもないような質問さえも真剣に考えている。

 コンコン

 扉をノックする音が聞こえた。

 どうぞと私は答える。

「お取込み中申し訳ないね」

 そう言って入ってきたのは私の担当医、一宮先生だった。

 加地君は外で待ってると言って出て行ってしまった。

 私は一瞬にして魔女のいる世界から現実世界へと連れ戻された。


 僕は月崎さんの検査が終わるまで、待合室で本を読んでいた。いや、正確には絵本だった。「呪われた魔女」を読んでいた。

「君が加地君かな」

 目の前に人が立っていることに今まで気づかなかった。

「はい、そうですけど」

 相手は中年の男でスーツを身にまとっている。

「私は月崎美桜の父、月崎義隆だ」

「初めまして。美桜さんのクラスメイトの加地勝虎です」

 あたりさわりのない挨拶を返す。

「君はどこまで美桜のことを知っているんだ」

 唐突な質問だった。故に僕はしばらく何も答えられなかった。

「あ、いやー、プライベートのことではなく病気のことを」

 少し間をおいて僕は答えた。

「重い病気だということは知ってます。治る見込みが限りなくゼロに近いことも。しかし病名は聞いてません。彼女が話したがらないので深くは聞いてません」

 そうか。美桜のお父さんはそういったきりだった。

 太陽はすっかり昇りきり、この建物の中からでは見ることは出来ない。

「君は、美桜に同情してるのか」

 その声はやけに哀愁を帯びていた。

「いえ、違います。確かに最初のうちはそんな気持ちもありました。でも今は違います。僕は病気の女の子に憐れんでお見舞いに来ているわけではありません。僕はただ好きな女の子に会うためにお見舞いに来てるんです」

 しばらくの沈黙があり、そうか、とだけ彼はつぶやいた。

 僕は彼に倣い窓辺から空を見上げた。

 木枯らしがいく筋か過ぎ去り、再び彼は口を開く。

「加地君、これは警告であり、助言だ。悪いことは言わない、君は美桜のもとから去るべきだ」

 一瞬言われたことの意味が分からなかった。その疲れた背中から語られるやけに重たい言葉は、訳もを分からないが脅迫性を帯びていた。

「いやです。なんでそんなことを言うんですか。それが月崎さんの幸せになるんですか」

 なぜか僕はこのときだけははっきりと言い切ることができた。

「これは君のためを思って言っていることだ」

「納得がいきません。どうしてそれが僕のためになるんですか。僕は美桜から離れることが僕の幸せにつながるとは考えることができません。僕もいつかは彼女に最後のときが来るということを知っています。でもそれまでは月崎さんと一緒に居たいんです。それが僕の願いです。希望です。それでもあなたは月崎さんから離れろというんですか」

 ああ、そうだ。彼の声はどこまでも低かった。

 そして今まで苦痛だけを集めてしまって、そのまま見て見ぬふりをしてやり過ごしてきた引き出しを恐る恐る開けるかのように彼は続けた。

「まずは美桜の病気の話からしようか。病名は肺動脈性肺高血圧症だ。診断されてからすでに三年がたっている。美桜が大人になれるかは完全に医療が発達するかにかかっているんだ。。でも、今の段階では大人になれる確率はとても低い。だから美桜は加地君よりも先に死ぬ。君をおいて天国に先立ってしまうんだよ。君はそれが耐えられるのかい」

「もちろんです。だからそんなこと、僕が月崎さんから離れる理由にはなりません」

「だれでも最初はそう言うよ。自分なら大丈夫だ、って。でも実際はそんな生ぬるいものなんかじゃない。常に心の中にぽっかりと開けられた虚無を抱えて生きていかなければならないんだ。その虚無はいつしか成長してその人を食らうまでに大きくなるんだよ」

 まるで自分がそれをそのまま体験したかのような言い方だった。

「美桜の母のことは美桜から聞いているかい」

 いえ、と僕は答える。

「この病気は実は遺伝するものでね、美桜の母親、つまり僕の妻である月崎美麗も同じ病気に侵されて、十四年前に亡くなった。病気が発覚したのは美桜を産んでちょうど一年がたとうとしていたときだった。間違いなく私の人生で最も幸せだった頃のことだ。あの日の光景を、一瞬で未来が絶望の一色に染まったことが今でもときどき脳裏に浮かぶよ。あれはちょうど青葉の芽吹く頃だった。私が仕事から帰ると彼女はひどく落ち込んでいた。どうしたんだい、と尋ねると彼女は病気のことを話し始めた。彼女は余命が三年だといった。信じられるかい、神の前で永遠を誓ったというのに、たったの三年で引き離されてしまうんだよ。私は何に対してその憤りをぶつければいいかが分からなかった。そして一年が過ぎ、彼女は病院で寝たきりになった。その頃からか彼女は壊れていった。病気だけでなく、美桜を自分の手で育てられない憤りや、愛する人たちを残して夭折することが精神までも侵していったんだと思う。彼女は何度も別れたいと言った。美桜を連れて出て行けと言った。しかし私はそんな言葉には一切耳を貸さなかった。そして彼女は死んだ。そこからは私が壊れていく番だった。美麗を失ったことへの虚無感を抱えながら、仕事と家事の両立をこなさなければならなかった。何度か死のうと考えた。しかしいつも脳裏には彼女が浮かんでそれを止めた。いや、彼女は私を生き殺しにしたんだ。それから私は死んだまま生きた。そして数年後、美桜の病気のことを知り、残された光さえも消えようとしているのだ。こんな思いを君にまでしてほしくはない。だからこれは経験者である私からの忠告だ。美桜から離れろ」

「お父さんはその決断を後悔したことはありますか」

「後悔はなかったかもしれん。でも後悔という感覚を私がまだ覚えているかも怪しいが」

「それだったら僕も同じ決断をします。絶対に月崎さんから離れません。最後まで、彼女に断られてもそばに居続けます」

「忠告はしたからな」

 お父さんの背中はどこまでも寂しそうだった。


    ***

「何でもできるだなんて、魔女さんは世界一の幸せ者だね」

 少女は言いました。

「いいえ、あなたからは幸せ者に見えても実は私は世界で最も不幸な存在なのよ」

「どうして」

「だって何でもできてしまっては『何かを求めて努力すること』ができないでしょ。一番の幸福者は目標に向って前向きに努力し続けることのできる人間なのよ」

「魔女さんは努力ができないの」

「ええ、私は願いさえすれば魔法で何でも叶えられてしまうから」

「じゃあ私は何でも手に入れられる魔女さんよりも幸せ者なんだね」

「そうよ、。あなたは何もできないからこそ幸せ者になれるのよ」

 少女は少し誇らしげに山を下りていった。


    ***

「月崎さん、今日は花火大会らしいよ」

「うん、この部屋からも見えるといいな」

彼女をこの部屋から連れ出せないことを自分の弱さだと自覚しながら、それを克服しない自分に多少いら立つ。それを察してか月崎さんは言った。

「大丈夫だよ。ここからでもきっと花火は見えるよ。それに屋上はほかの患者さんでいっぱいかもしれないし。私は加地君と二人きりで見たいの」

「ごめんね、月崎さん」

「なんで謝るのさ」

なんとも自分がふがいなく感じられる。

「元気出してよ」

本来なら僕が励まさなければならないのに、僕は励まされている。

「お父さんになんか言われたの」

どうやらすべてお察しだそうで。

「ううん、大丈夫」

この気持ちは自分で飲み込まなければ前に進めない。

 月崎さんの背後で光、その後、大きな音が鳴った。

「始まったね」

二人の視線は音のするほうへ引き寄せられる。

「きれいだね」

うん、と僕は答える。

「ねえ、加地君、この花火と私、どっちのほうがきれいだと思う」

「月崎さんだよ」

僕は、自分でも驚くほどに即答した。

月崎さんの顔を覗き見ると嬉しそうな顔をしていた。

それでも彼女の視線は花火から離れなかった。

「でもね、きれいなものってはかないんだよ」

ちょうどこの花火みたいに、と月崎さんは付け加えた。

「ちがうよ。はかないから美しいんだよ。はかないから美しく感じるんだよ」

「それって一緒でしょ」

「ちがうよ。だってはかなくなくても美しいものだってあるから」

たとえば宝石なんてそうだね、と付け加える。

「でも、私ははかないでしょ」

いささか投げやり的な声音だった。

「大丈夫。月崎さんははかなくなんてない。いつまでも生き続けられるよ」

根拠などどこにもない。でも、気づけばそう口にしていた。そうするしかなかった。

 二人の間には花火の音だけが鳴り響いた。



 花火大会もクライマックスに近づいてきたようで、花火の音はひっきりなしに聞こえた。

「幸せってなんだろうね」

 ふと私は加地君に問いかけた。

 それから花火数発ぶんの時間を経て彼は答えた。

「より良い状況に向っていこうとする精神的な力の強さかな」

あれから彼は必死に考えたのだろう。適当さが微塵にも感じられない返答だった。

「それならさあ、魔女は何でも手に入れられる代わりに何かを得たいと強く願い、努力することができないから世界一不幸な存在なのかな」

「きっとそうだよ。反対に少女は何もできないからこそ何かを求めることができる。つまり幸せになることができるんだよ」

 じゃあさ、私は加地君を見る。

「私は世界一の幸せ者だね。だって自力で起き上がることすらできないんだよ。何もできないんだよ。何にしてもしたいという願望型なんだよ。だからさ、だからさ、私は世界一の幸せ者だよね」

 私は泣いていた。世界一の幸せ者と自分のことを言いながらただただ泣いていた。

 花火の音は私の鳴き声をかき消したのだろうか。

 それでも少なくとも加地君には伝わったはずだ。私の喜びや悲しみや苦しみや、そして私の全てが。

 やがて泣き疲れた私は眠ってしまったらしい。

 隣から、僕がこんなにも君を想っているのだから君はきっと不幸せ者だよ、という声がかすかに聞こえた気がする。

 いつの間にか花火の音は聞こえなくなっていた。



    ***

 あの物語は魔女の死で終わる。魔女は魔法により生きながらえることを捨て自ら死を選ぶのだった。それにより魔女は不幸から解放される、あの物語はそんな救いようのない物語だったのだ。

 彼女は盆東風を浴びながらその短き生涯に幕を下ろした。

 傍から見れば彼女は不運なヒロインかもしれない。でも僕は彼女が幸せだったことも知っている。あいにく僕のせいで世界一とまでは言い切れないが。

 僕はあれからも彼女のそばに居続けた。日々衰退していく彼女を見るのはつらかったけれど僕には彼女のそばにいる以外の選択肢はなかった。

 果たして僕は彼女によって生き殺しにされるのか。その虚無を無くそうと努力すれば、確かに僕は幸せになれる。でも、僕の心の中の彼女の居場所であったその虚無を消してしまうくらいならば不幸せでもいいと思った。確かに僕は彼女に生き殺しにされそうだ。

 でも、たとえそうであったとしても、僕は幸せから解放された一人の少女のことをいつまでも記憶にとどめておきたかった。

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