青林檎

蛇ばら

きれいな夕焼け

 その日はずいぶんきれいな夕焼けだった。

 たぶん、人生で五本の指に入るくらいの。


 わたしの故郷はまったく都会とはいかないけれど、かといって田舎というには拓けている、中途半端にとめられた古い開発地。

 四方八方、山に囲まれて、どこに行くにも山を越え、どこを向いても地平線なんてものはなかった。

 それでも空がきれいに見えるから、いまもなんだかんだ嫌いになれないでいる。


 ──ぼく、未来が見えるんだ。


 赤と青の絵の具に水を足してにじませたような空だった。

 それを後ろに背負って、落とし物をするようにそいつは言った。

 うかがうような顔だったけど、わたしは知っている。わたしがどう反応するか、そいつはもうわかっているってことを。


 だから素直に、昔から知ってるわよ、と答えた。

 わたしが驚いて気味悪がったりしないとわかってたから、わたしに話したんでしょ。


 ──見えるだけだから、なんて言うのかはわからなかったよ。


 はずかしそうに頬を掻く。

 そいつは昔から何か悪いことが起きるとき、こっそりわたしの手を引いて逃がしてくれていた。

 信号無視で突っ込んでくるトラックだったり。

 飼育小屋のウサギが死んでいるところだったり。

 花屋のアルバイトが有名な女児誘拐犯だったときも。

 わたしが暗い路地を過ぎるまでずっと一緒にいてくれた。

 だから、そういうふしぎなことがあってもおかしくないと、ひねくれもせず思えたのかもしれない。


 どんどん黒と青が強くなる空を見上げて、そいつは星を指さした。


 ──今日の夜空はきらきらするよ。明日もよく晴れるんだ。


 わたしは、わたしの部屋にあるドーム型の窓を思いだす。

 両親がずいぶんこだわってくれた子ども部屋の、わたしのお気に入り。


 大きな月がほしいわ、とわたしは倣って指をさす。

 頭上にぽっかり浮かんだその星。

 そいつはいつもの困ったような顔でわたしに振り向くのだ。


 明日は、満月だよ。

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