国桜(くにざくら)

ウツユリン

プロローグ

 桜の下で少女が泣いていた。

 薄紅に染まるやわらかな頬を絶え間なく流るる雫を拭いもせず、少女はただ、サンゴ色の唇を噛み締めて空色のレインウェアにつつんだ華奢な肩をふるわせた。

 二筋ふたすじの涙は少女の顎で一筋に合わさり、やがて大地を濡らす。少女の足元では黒緑の根が四方に広がって、土色の大地をがっしりとつかんでいる。

 網の目のような根が区切る窪みはすでに桃色の花びらが溢れ、そよ風に乗って今にも飛び立ちそうだ。けれど、少女の涙がぽたりと滴るたび、折り重なった桜の欠片は戸惑うように離陸をためらった。

 黒い長髪をはらはらと春風に流す少女は十四歳になったばかり。数えで歳になる。山中に咲くこの一本桜エゾヤマザクラの樹齢とあまり変わらない。

 傍らには長身の大人が静かに控え、継ぎ目のある肌の隙間をブルーアシードのパルスが静脈のように流れていた。自由自在に変わるアイノイドの虹彩は黒。中性的で静謐な面立ちから表情は読み取りにくい。が、どこか葬送のような哀しみと、旅立ちを祝福する微笑みを湛えている。

「『……だから桜子、ぼくらはいつだってそばにいる』」

 アイボリーメタルの首を小さく鳴らし、長身のスキンヘッドがそっと空を仰いだ。

 澄みわたったヘブンリーブルーの蒼穹は雲ひとつなく、とんびが悠々と旋回し、そのさらに上を東洋の龍を模した地球―月間鉄道LE chemin de ferが雄大な機体をたゆたせ、昇っていく。目的地の月は古来から変わらず昼間にも姿を見せ、衛星軌道を月白の複合産業宇宙港が二対、土星の輪のごとく交差している。

 束の間、プロトタイプだった遠い過去を思い、スキンヘッドの長身トレバー装飾品オプションの瞼を閉じた。今や、自分がありふれたモノジョウコク型ジェネラルヒューマノイドとなったことに、創造主はなにを思うのだろう。

「『どうか生きて、未来で……』」

 桜の根元から聞こえるしわがれ声に少女は涙を流し続けていた。

 トレバーは瞼を開け、青空と見事なコントラストを織りなす桜に視線を降ろし、自分ボディの胸ほどの高さにある少女へ、喪に伏した瞳を移す。ひんやり冷たく、新しいスキレイヤの手を少女の肩に置き、ただ静かに見守った。

 少女自身が涙を拭い、心を決めるまで、トレバーはいつまででもそうするつもりだった。

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