第3話

 窓に映った自分の姿があまりにもウイルスだったので、衝撃のあまり固まってしまう俺。

 隣にいたルールルは、してやったり感をしとどに溢れさせていた。



『やっと気付きましたか』



 俺ってこんなフワフワした姿してたの!?

 これじゃマジでウイルスみたいじゃん!?



『自分がウイルスになったのを、もう受け入れたのではなかったのですか?』



 そのつもりだったよ!

 でもこうやっていざ見てみると、ショックでかいよ!



『実をいうとカウルさんの姿も、異世界の人間風にアレンジすることもできました。でも、やめておきました。そのほうが、ショックがでかいと思いまして』



 こ、このっ……!

 さっきの「ありがとう」を返せっ!



「あなたは、何者でありますかっ!?」



 ふと声をかけられて、俺とルールルは振り向く。

 そこには、白い革鎧を着た女の人が立っていた。


 角が付いた兜から覗く黒髪ロング。

 真一文字に結んだキリリとした表情。


 いかにも実直そうで、例えるなら風紀委員のようなお姉さんだった。

 言葉に詰まる俺を、彼女はさらに問いただしてくる。



「自分は、この街の平和を守る衛兵であります! 日々街中を巡回して、怪しいものを発見したら、悪さをする前に退治するのが仕事であります! そして、あなたは怪しいのであります! なぜならば、見たことがない生き物だからであります! 今から怪しいものかどうか、調べさせてもらうであります!」



 そ、そりゃ、ウイルスの俺は見るからに怪しいだろうさ!

 そのうえ調べられたりしたら、ヤバいんじゃ……!?



『彼女は人体の衛兵と呼ばれる「白血球」です。異物だと判断されると殺されてしまいますよ。ちなみにですけど、彼女にはわたくしの姿は見えていません。カウルさんだけが見えています』



 そうなの!? じゃあ殺されるのは俺だけ!?

 ウイルスだってバレる前に、逃げたほうが……!



『逃げても無駄ですよ。人間の体内、すなわちこの『国』では、1ミリ立方メートルのなかに4千から9千の白血球、すなわち衛兵がいるとされています。逃げたら指名手配されて、この国から出るか死ぬまで追い回されますよ』



 ひ、ひえええ……!


 異世界に来ていきなりのピンチに、俺はもう、どうしていいのかわからない。

 ただただフワフワしていると、お姉さんは両手を伸ばしてきて、俺の身体をホタルでも捕まえるみたいに覆った。


 今の俺は、赤ちゃんハムスターくらいの大きさしかないので、すっぽりと包み込まれてしまう。



「ななっ、なんすかっ……!?」



 俺は引きつった声を出すので精一杯。

 でもそのおかげで、見たり聞いたりするだけじゃなく、喋れることにも気付いた。


 前世であれば、不良グループにインネンをつけられても、口八丁で仲良くなることができたのに……。

 いまは状況が異常すぎて、うまい切り返しが思いつかないっ……!


 お姉さんは、俺の身体をひたすら撫でている。

 この人はいったい、何をしてるんだ……?



『白血球は受容レセプターといって、簡単にいうと相手に触って異物かどうかを確かめるんですよ』



 そ、そうなの?


 お姉さんの柔らかな手は、いよいよ俺の身体を揉みはじめる。

 このまま潰されるんじゃないかと、ハラハラしながら衛兵の顔色を伺ってみたら……。



 ほっこり。



 という表現がしっくりくるような、とろけた顔をしていた……!


 目が合うと、恍惚とした表情で彼女は言った。



「あなたは、とっても触り心地がいいでありますね。いつまでこうして触っていたいであります」



「そ……そうっすか。それで、怪しいところは……?」



「ぜんぜんないであります。怪しいものは、触り心地がもっとトゲトゲしているであります」



「じゃ、じゃあ、そろそろ解放してもらえませんかね」



 お姉さんは名残惜しさたっぷりであったが、昆虫を森に還すように手のひらを広げてくれた。

 俺がフワフワと浮上すると、彼女はビシッ! と敬礼をする。



「あなたは怪しくないものであると確認しました! ご協力、感謝するであります! それでは、失礼するであります!」



 キビキビと去っていく背中を見送りながら、俺は安堵の溜息をつく。


 ……よ、よくわからんけど、助かったぁ~!



『異物でないと判断されたのは、カウルさんのスキルである「潜伏ステルス」の効果があったからでしょうね』



 潜伏ステルス……?

 ゲームとかではよく聞く単語だが、どんな効果なんだ?



潜伏ステルスはパッシブスキルのひとつです。パッシブスキルの意味はわかりますよね?』



 わざわざ使用しなくても、自動的に効果が得られるスキルってことだろ?



『はい、その通りです。本来は異物であるカウルさんを、異物でないように見せかけてくれる効果があります。ただ、悪さをしているところを目撃されてしまったら、潜伏ステルスの効果は無くなってしまいます』



 ふうん、じゃあ普通にしている間は安全ってことか。

 ともかく、あんな冷や汗モノの展開はもうごめんだ。


 なんて思っていると、急に目の前にステータスウインドウが現れた。



 名前 なし

 LV 1

 HP 10

 MP 10

 VP 10


 スキル

  潜伏ステルス

  吸収ドレイン

  憑依ポゼッション

  NEW! 受容レセプター



 ……あれ?

 新しいスキルが増えてるぞ?



『カウルさんのパッシブスキル「吸収ドレイン」の効果で、白血球のスキルである、「受容レセプター」を吸収したんですよ。吸収ドレインは誰かと触れ合うことで、効果が発動します』



 そうか、さっき衛兵に揉まれたときに発動したんだな。

 『受容レセプター』のスキルの効果は、触った相手が不審者かどうかを確かめられるのか?



『はい、その通りです。そしてウイルスであるカウルさんは、VPウイルスポイントを10消費することで、スキルをパワーアップさせることができます。ためしに、受容レセプターをパワーアップさせてみてはどうですか?』



 ルールルに勧められたのと、VPウイルスポイントもちょうど10ポイントあったので、言われるがままに受容レセプターをパワーアップさせてみることにする。

 教えてもらったやり方を試してみたら、



 名前 なし

 LV 1

 HP 10

 MP 10

 VP 10 ⇒ 0


 スキル

  潜伏ステルス

  吸収ドレイン

  憑依ポゼッション

  受容レセプター ⇒ 看破インサイト



 スキルの名前が変わった……?



看破インサイトは見るだけで、対象が不審者かどうかを判別できます』



 なるほど、触る必要もなくなったってわけか。

 さっそくスキルを使ってみると、街ゆく人たちがサーモグラフを通したみたいに、緑色のシルエットになった。



『緑色は善良であることを表します。黄色は少し危険人物で、赤は犯罪者……。ようは、人体に悪影響を及ぼそうとしている者です』



 ふうん、まわりは緑色だらけだな。

 しかしコレ、なんだか特殊警察になったみたいで面白いな。


 俺は誕生日プレゼントに双眼鏡を買ってもらった子供みたいに、街中をあちこち見回す。

 するとルールルは、俺に聞こえるくらいの大きな溜息をついた。



『貴重なVPウイルスポイントを、ウイルスにとってはどうでもいいスキルに費やしたというのに……。わたくしの口車に乗せられたとも気付かず、そんなに脳天気に喜べるだなんて……』



 そうかぁ? 悪いヤツが見抜けるなんて、すっごく便利じゃないか!

 いいスキルを教えてくれて、ありがとうな!



『なっ……!? ま、また勘違いして。これだから愚劣な元人間は……』



 モゴモゴ言うルールルをよそに、俺はいろんな人間を観察して遊んでいると……。

 ふと裏路地に、赤いシルエットを見つけた。

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