転生したら、ウイルスでした

佐藤謙羊

第1話

 コーヒーの中にいるように、無限の暗黒が広がっている。

 そこにクリームを溶かしこんだような、純白の霧に包まれた世界に、俺はいた。


 目の前には、ドレスを着た少女が立っている。


 彼女はまばゆい光を放っていて、顔はわからない。

 が、声からすると俺と同じくらいの年頃のように感じる。


 彼女は俺の前に現れるなり、自分のことを『女神』と名乗り、一方的にしゃべり出した。



宇津利うつりカウルさん。男性。16歳の高校二年生。

 特技はモノマネで、趣味はアルバイト。


 新しいもの好きで、『学園のインフルエンサー』だったそうですね。

 どのスクールカーストにも顔が利くので、『カーストウォーカー』でもあったそうですが。


 ご自身が通っている高校の野球部が甲子園に出場して、全校生徒で応援に行く途中、バスジャックに遭われたそうですね。

 その時、バスに乗車していた愚劣な乗務員が、無謀な正義感を発揮したせいで、バスはコントロールを失い転落。


 そして、死滅した」



 そこまで告げられて、俺はガックリと肩を落とす。



「やっぱり、俺は死んじゃったのか……」



 どうりで変だと思ったんだ。

 バスが崖から落ちてクチャッとなった直後に、こんなわけのわからない所に来たんだから。



「これから俺は、どうなるんだ? 天国とか、地獄に行くのか?」



 すると少女は光の中で、首を左右に振った。



「生物が死滅した場合、通常の場合ですと、たしかにあなたたちの概念でいうところの、天国とか地獄へと送られます。


 ですが、バスやトラックなどが関連して死亡した場合、それらには送られません。

 理由は、天国や地獄からの転生では、また地球に戻ってしまうためです。


 せっかく死滅したのに、また地球という惑星ほしにガン細胞を戻しては意味がありませんからね」



 少女の物言いは、慇懃だがそこかしこに無礼な感じを漂わせている。

 でも、俺は気にしない。


 だって俺は『カーストウォーカー』。

 学校にいた頃は、たとえ触るものみな傷つけるような不良とも、ネットの知識で人を叩くオタクとも仲良くなってきたんだ。


 すると彼女は、俺が動じていないのがシャクに障ったのか、とんでもないことを言い出した。



「あ、せっかくだからお伝えしておきますね。カウルさんは『カーストウォーカー』を自称しておりましたけど、まわりからは何と呼ばれていたかを」



「なに?」



「カウルさんは、陰ではこのようなアダ名で呼ばれていました」



 自称女神はどこからともなく、テレビのバラエティ番組で使うようなフリップを取り出す。

 そこには、


 1位 ウザ夫

 2位 クソミーハー

 3位 にわか

 4位 OOC(アウトオブカースト)


 などと、俺の陰口がランキング形式で10位まで書かれていた。



「カウルさんはどのスクールカーストにも顔が利くと思い込んでいただけで、実際はどのカーストからもつまはじきだったんです」



 冷徹な言葉で追い討ちされて、俺の心にピシリとヒビが入る。



「う……ウソだっ! 俺のソウルメイトたちが、こんな事を言うはずがないっ!」



「いまのウザい口ぶりで、確信しました。やはりカウルさんは『ウザ夫』です。というか、さっきまで余裕たっぷりだったのに、ムキになって言い返すということは、思い当たるフシがあったというわけですね」



「っていうか、もう死んだんだからどうでもいいだろう!? いい思い出のまま死なせてくれよ! なんでこんな死人に鞭打つようなことをするんだよっ!?」



 すると、光で白く飛んでいた少女の顔に、わずかな陰影が見られる。

 ニヤリ、と笑ったようだった。



「それは先ほども言いましたように、天国にも地獄にも行かないからです。カウルさんは、別の世界に行くことになります。それは……あなたたちの言葉でいう『異世界』です」



「い……異世界、マジでっ!?」



 俺は思わず身を乗り出す。

 最近、異世界に行くラノベにハマっていて、俺の中ではちょっとした異世界ブームが起きていたから。


 実をいうと甲子園に行くバスの中で、オタクグループと『異世界に行ったらなにをしたい』というトークテーマで盛り上がっていたんだ。


 女神は、俺の左右にある虚空を見回しながら言った。



「あなたが通っていた学園の生徒と教師、そしてバスの乗務員は全員死亡しました。そのため、この霧で隔てられた空間は、実は無数に存在しています。あなたのソウルメイト(笑)たちも同じように、この説明を聞いているんです。これからみなさんは、同じ異世界に送られます」



「ってことは、新しい世界でもまたソウルメイトたちと会えるってことか!?」



「そうですね。でも、前世と同じソウルメイト(笑)でいられるかはわかりませんよ?」



 女神はフリップを引っ込めると、今度はタロットような長方形のカードの束を取り出す。

 それをおもむろに、扇状に広げて俺に突き出した。



「まず、こちらから1枚引いてください。最初の1枚で、新しい世界に『転生』するか『転移』するかが決定します。カウルさんのなかに異世界ブームが来ていたのであれば、説明はいりませんよね?」



 知っている。異世界モノでは嫌というほど出てくるワードだ。

 『転生』というのは異世界に生まれ変わることで、『転移』というのは前世の状態に近いままで異世界に行くということだ。


 こんな重要なことを、ババ抜きみたいにして決めるのか……!


 しかしこの女神にはなにを言っても無駄そうなので、俺はままよとばかりに1枚引く。


 カードには、キャベツ畑に刺さった赤ちゃんがコウノトリに突かれているという、よくわからないイラストが描かれていた。

 その下には飾り文字で、



 『転生』……!



「はい、転生のようですね。これでカウルさんが異世界に行っても、ソウルメイト(笑)と会えるのはだいぶ先になるということですね。では、次は2枚続けて引いてください。2枚目と3枚目は、『記憶』にまつわるカードです」



 女神はいちいち引っかかるようなことを言い、2枚目を勧めてくる。


 『記憶』……。

 たぶん、前世の記憶を持ち越すかどうか、だろうな。


 俺は提示されたカードの中から、隣り合う2枚を引っこ抜いた。


 2枚目のカードに書かれていたのは、『前世の記憶を引き継ぎ』。

 3枚目のカードに書かれていたのは、『来世の記憶はゼロ』。



「はい、これでカウルさんは、ソウルメイト(笑)たちの記憶と、彼らが陰で何を言ったのかを持ったまま、異世界に送られることになりました。赤ちゃんのまま、何年も悶々と過ごすんでしょうね。さて、次が最後となります。次も、2枚引いてください」



 俺はムッとした気持ちを抑えながら尋ねる。



「最後は、なにを決めるんだ?」



「4枚目で『立場』が、5枚目で『ボーナススキル』が決定します。ある意味、異世界を生きるにあたっていちばん重要なものといえるでしょう」



 瞬間、俺は顔が熱くなるのを感じていた。


 『立場』というのは、王様とか貴族とか、商人とか農民とか、生まれや職業のことだと思う。

 より良い境遇に生まれ変わることができたら、それだけで新しい人生はバラ色になるかもしれない。


 『ボーナススキル』というのは、きっと物凄い力を発揮できる特殊技能のことだろう。

 伝説の剣豪ような、ひと太刀で多くの敵をなぎ倒す一騎当千の力や、魔法で奇跡を起こすような力のことだ。


 そして、今まで俺たちのいる空間は静かだったのに、急にどこからともなく声が聞こえるようになった。



「よっしゃーっ! 『伝説の勇者』だーっ!」



「やりいっ、『世界一の踊り子』だって! クラスのムードメーカーだったウチにはピッタリじゃん!」



「『王室の賢者』とは、この秀才の僕にこそふさわしい!」



「『大海賊の船長』だとぉ!? よぉし、新しい人生でも、メチャクチャしてやんよ!」



「『高名なる貴族』……! どうやらアタクシは、新しい人生でも選ばれし者のようですわね!」



 そのどれもが、学園にいた生徒たちの声だった。

 みな死んだばかりだというのに、脳天気な感じがするのは、たぶんまだ現実感がないんだろう。


 俺だってそうだ。

 まだ夢の中にいるような気分で、不思議と悲しむ気分になれない。


 それにソウルメイトたちはみな、かなりいい『立場』を引き当てているようでよかった。

 どうやらこのカードに関しては、アタリだらけのようだな。


 女神はさらに言い添える。



「『立場』のカードに関しては、前世でどのような振る舞いをしてきたかが影響します。野球部のエースだった者は『勇者』に。学園いちの天才は『大魔導師』に。お嬢様は『貴族』といった具合に」



 その一言で、俺の期待はますます高まった。


 『学園のインフルエンサー』にして『カーストウォーカー』の俺は、いったいどんな『立場』になるのか……!?


 『世界をまたにかける貿易商』か……!?

 『各国の王に道を説く大賢者』か……!?


 それともっ……!?

 やっぱり、『勇者』っ……!?



 ……バッ……!



 と満を持して開いたカード、そこには……。


 間抜けな悪魔みたいな……。

 いや、ばい菌を擬人化したみたいな、へんなイラストが描かれていて……。


 その下の説明には、



 ウイルス



 とだけあった。

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