第3話 距離感

※1話、2話の流れは割愛します。


翌日「大輝、今朝はやけに早く起きたわね。目の下にクマができてるけど寝てないの?」そのように母さんに言われるも母さんの顔など、さぁちゃんを見た後に見れないし、見たくもない。そして昨日の夜は興奮し過ぎて眠れなかったのも事実だ。


昨日の夜、さぁちゃんを駅で見送った2分後に、さぁちゃんから「今日は突然すみませんでした。今度はゆっくり大輝くんとお話したいなと思うので空いてる日があったら教えてください!」なんてメッセージが来たのだ。

そして俺は「了解です!来月初週の日曜日とかどうですか?」と文字を入力し、可愛いスタンプを添えて無難に返信する。この時点で既に顔はとろけ、ニヤけが止まらなかった。そして「分かりました!その日は1日空いてるので〇〇公園に11時待ち合わせで!」とさぁちゃんから返信が返ってくる。夢の推しメンとのLINE。「大輝くん」と下で呼んでくれる喜び。更にはデートの約束まで…オタクの本望じゃないか。そんなわけで寝床で興奮したままデートの妄想をしてたら夜が明けてしまったのだ。


その日も部活があったため木島と登下校を共にする。「この間はいきなり帰ってごめんな〜!母さん倒れた原因が階段から落ちてなったただの脳しんとうだってよ。とりあえず独りにさせちゃってごめんな〜」なんて話をしてくれる木島に「全然寂しくなかったよ!あの後結局さぁちゃんと一緒にいてさ、そのままさぁちゃんと一緒に帰れたし大丈夫だったよ!」なんて嘘のようで本当のことを言ってみる。すると「そうだよな!俺らの嫁のさぁちゃんと帰れるんだから独りじゃないもんな!」とオタクのノリだと勘違いして返事をする木島を見て、さぁちゃんとのことは秘密にしようと決意した。


そんなくだらない日常と並行して毎日30分~1時間間隔でさぁちゃんと連絡がとれる。たわいもない話の中で垣間見えるアイドルの裏事情やメンバー間でのいざこざなどを聞いていると木島が可哀想に見えてくる。さぁちゃんと話せるのは夢のようだが、紗綾と話せてる間はオタクになった自分に絶望しつつもアイドルがどういった世界だったのかがしみじみと伝わってくるのでこれもまた一興だ。


そんな狭く深いさぁちゃんとの会話を続けているが、未だに俺がさぁちゃんと握手したとか、俺がオタクであるということを彼女に伝えていないということも事実だ。次会う時は絶対伝えなければ…なんて思っていたら遂にその日が来てしまったのだ。午前9時俺は起床し、まずシャワーを浴びる。そして飯を食み、歯磨きをして、身だしなみを整え、少し余裕をもって家を出る。集合時間15分前に公園に到着して周りを見渡すと1人だけマスクをしてるにも関わらず明らかに周りとは違うオーラを放つ女性がいる。絶対紗綾だと確信をもって少し俺は攻めてみた。


「だーれだ?」なんて言いながら紗綾の目を隠す俺。内心、「今日も1日スペシャルイベントが始まる!」とウキウキしてるなんて紗綾には言えない。すると、「だい君だよね?」と紗綾。「なんで分かったのよ笑?というか結構早くない?」と紗綾に問う俺。「私、だい君と話してたら楽しくなってきちゃって早く会いたかったから…」と答える紗綾。正直キュン死だ。こんなの、討死する。気づけば「だい君」って呼んでるし…俺らカレカノみたいじゃないか。なんて思いつつも平常心を何とか保ち、「それじゃ、今からどこ行く?」と会話を続ける。紗綾は食い気味に「私の家行く?それとも登坂の近くにある行きつけのお店行く?」と応える。正直俺は家に行きたいが「とりあえず行きつけのお店が気になるからそのお店案内してよ!」なんて言って少し格好つける。そして俺と紗綾はゆっくり並んで歩き出した。


公園の最寄り駅から乗り換え無しで登坂駅は着く。電車に2人並んで座ってしまったが故に紗綾の長く美しい髪が俺を誘う。気づけば俺は緊張からか少し足が震えていた。恥ずかしすぎる。それなのに紗綾は少し震える俺に凭れてきて、「少し緊張してる?じゃあ手、ギューってしてあげたら緊張収まるよね?」という謎な持論を展開する紗綾は俺からしたら本当に射殺しに来てるのでは無いかと疑うレベルで追い打ちをかけてきた。さりげなく手を近づけ絡め合わせる。ここまで来ればお互いに好意を抱いてるのは確かだと鈍感な俺でも分かった。そしてなんとか追い打ちに耐え手を繋いだまま登坂駅を降りた。この時に紗綾だけは坂を登った先に見える雲が雨雲であることを察していたかのようにそそくさと早歩きをし始めた。

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