小さな守司さま
「やーい、呪われっ子が歩いてるぞー」
「あいつに触られると呪いがうつって攫われっぞー!」
「きゃーっ、やだー」
何人かが囃し立てながら、蜘蛛の子を散らすように捌けていく子供たち。
「まって、みんなっ。まって!………ッ!」
それを追おうとした一人が小石に躓き、ボテっと地面に転がった。周囲にいる大人はくすくす笑うだけで転んだ子供に近づきもしない。
広場には、齢四つの幼子だけが取り残される。
「痛てて…」
「サジー!」
「あ、にっちゃ…」
遅れて、名を呼びながら駆け寄ってきたその少年は、肩に手を置くと同時にサジーに向かって怒鳴りつけた。
「馬鹿!一人で出歩くなって言っただろ!」
「にっちゃ、でも、でも…」
サジーと呼ばれた幼子は砂で汚れた裾を握りしめながら深く俯いた。そして、火花が弾けるように思いの丈を兄にぶつける。
「サジもっ、サジもみんなと遊びたいの!」
「サジー、お前…」
「にっちゃっ、なんでみんなサジと遊んでくれないの?前はみんなやさしくて、いっしょにサジと遊んでて…っ」
「……」
ぽろぽろと地面に落ちていく水滴に、兄である少年はその表情を曇らせた。そして少年は強引にサジーの手を引く。
「…サジー、帰るぞ」
「でもっ、にっちゃ、」
「転んだんだろ。怪我がないか見たら、兄ちゃんがいくらだって遊んでやる」
「…、にっちゃ…」
「だから泣くな。泣くんじゃねぇ。お前は悪くないんだから…」
サジーは兄の手を握り返しながら空を見上げた。兄越しに見える今にも降り出しそうな空の色が、兄の心のように見えた。
───
まただ、また消えた。と誰が言った。
今度は誰が消えたのか。
どこそこのあいつだ、と誰かが答える。
それを聞いた者たちは大変だなぁと口先だけの同情の言葉を溢して、他人事のように話を続ける。
そんなやりとりが繰り返されてはや半年。事態の進展は一向になかった。
始まりは雲ひとつなく晴れたある日のこと。
町の職人が二人がかりで机を組み立てていると、忽然と、そのうちの一人が姿を消した。
残された職人の証言によれば、作業場の裏まで材料を取りに行った僅か数分のうちに、相方の男は中途半端に釘を打った状態でその場からいなくなっていたらしい。
これだけであれば、単にどこかに行っただけだとか、仕事を抜け出してどこぞで怠けているだけだと考えられる。
残された職人も、当初はそのように考えていたそうだ。
そして残されたその職人は一人でできる分の作業を終え、自宅から持ってきていた軽食を広げて昼休憩をとった。彼はその時に気がついたそうだ。
消えた男の財布が、朝に置かれた時のまま机の上に残されてあることに。
財布といってもその中身は小銭ばかりだ。
消えてしまった男は女房から渡されたその小遣いをどうにかやりくりしながら昼飯を調達していたことを残された職人は思い出す。そしてここ数日は十歳の節目祝いが近い息子のために、盛大に腹を鳴らしながら午後の作業を行なっていた。
そんな男が、仕事を放り出して怠けるものだろうか。
出かけるにしても、財布だけを残してその場を留守にするなんて無用心にも程がある。これではぜひ取ってくださいと盗人を歓迎しているようなものではないか。
残された職人はこれらの点を不審に思いながらも、そのまま午後の作業を再開した。
そうして時刻が夕方に差し掛かっても、消えた男はその日、再び作業場に姿を見せることはなかった。
「ったく、どこ行ったんだか」
残された職人はほとんどの作業を自分だけで行う羽目になり機嫌が悪かったが、それでも財布を置き去りにするのは尻の座りが悪いと思い、いつもより早めに仕事を切り上げて、消えた男の家に立ち寄った。
戸を叩いて出てきた女房によれば、彼女の旦那はまだ帰っていないという。
そして、職人から手渡された財布にどうしてこれを、と女房は怪訝そうな顔をしたので、彼は愚痴を交えつつ、彼女の旦那である男が仕事中にいなくなったこと、そのために作業が捗らなかったこと、気付けば財布だけを残して姿を消していたことを彼女に述べた。
職人は最後に、作業をしなかった分の賃金について話があるから男が帰ってきたら言付けてほしいと女房に頼んでその場をあとにした。
「母ちゃん、父ちゃんどうしたんだ?」
「あのぼんくら男、仕事中にばっくれたって!まったく、帰ってきたらただじゃ置かないんだから! 今日は飯抜きにしてやる!」
「じゃあさじゃあさっ、父ちゃんの分の飯、サジーと分けっこしていいか?」
「いいわよ。じゃんじゃん食べてやんなさい!」
「よっしゃー! ほら、サジーも喜べ!」
「きゃはは、よしゃあー!」
帰り際にそんな会話が聞こえてきて、今日は割りをくったと思っていた職人は、少し胸がすく思いがした。
これも本来であればなんの変哲もない、平和な家族の一幕になるはずだった。
そうして、翌日になり。
三日経っても。
自分の長男の節目祝いの日が過ぎても、消えた男は戻ってくることはなかった。
男の家の近所では噂が飛び交い、一家を知る者たちは、消えた男について口さがなく憶測を立てた。
「あーあ。妻子を捨てて町を出てったのか」
「いやいや、誰かしらと揉めて何か事件に巻き込まれたんじゃないか?」
「節目祝いをしないなんて酷い父親だこと」
「幼い子供を二人抱えてあの奥さんも可哀想に…」
「知ってる? 遠くから嫁いできたから頼れる身内もいないのだって」
仕事仲間の目撃証言を最後に、男の消息は完全に途絶えた。
…かに思えた。
動きがあったのは、男の行方が分からなくなってから六日目の夕方のこと。
「おぉーい、帰ったぞー。なぁ、悪いんだが昼飯用の財布見てねぇか? 下手したらどこかに無くしたかもしれねぇんだわ」
消えた男は何事もなかったかのように、普段通りの態度で自らの家へ帰宅したのだ。
一拍置いて、家の近所では女房の怒鳴り声が響き渡る。
「…こっんのぼんくら!!いったいどこ行ってたのよ!」
「どこっていつもの作業場に。お前も一回くらい顔出したことあるだろ? 財布落としたことは悪かったって、ちゃんと詫びてるんだからそんなに怒らなくったって…、」
「馬鹿言ってんじゃないわよ六日も行方くらませて! あそこの周りなんてとっくに探し回ったに決まってんでしょ!」
「は…?六日?」
男は思いもよらない言葉を耳にしたかのように目を丸くした。そして女房こそがおかしいかのように怪訝そうな顔をする。
「探したって、お前こそ何言ってんだ」
「散々心配かけて! あんたがあの日の朝に家出て行って、今日戻ってくるまでの間っ、一体どこで何をしてたのか端から端まで話してみなさいよ!」
「そりゃ、そりゃ……、───……………。」
女房の言葉に答えようとした男は、突如唖然として黙り込む。
「なんでだ…思い出せねぇ……」
男は姿を消していた間の記憶を失っていた。
被害は、この男だけに収まらなかった。
以降この町では、時には二日、時には三週間ごとに誰かしらが姿を消すようになった。
そして何日か姿をくらませていた彼ら彼女らは、ふらっと唐突に戻ってきては、何事もなかったかのような顔をする。周囲が訊ねれば、被害にあった全員がその間に何が起きたのかを覚えていない。
不可解な現象だったが、死人も怪我人も、行方知れずのままになる人間も一向に出ないため、町人たちは不気味だがそういうものであると次第に受け入れるようになり、町の緊張感は薄れていった。同じことが繰り返されるうちに、町人たちの間で分かってきたことがある。
誰かがいなくなる現象…魔掴みは、決まって、職人たちが集まる工業区画でのみ起きるということだ。
そうなれば当然、その区画には人が寄り付かなくなる。工房に近づくことを嫌がった職人たちは仕事が捗らなくなり、中には農民に身を移す者まで出始めた。
その事実は、陶磁器の製造に力を入れていた町長にとってかなりの痛手だった。
「なんて事だ…! 陶磁器を量産するつもりで、財を叩いて二基目の窯を造らせたばかりだったというのに…!!」
そこで町長は伝手を用いて、この怪奇現象を解決する人材を町に呼び寄せることを決断する。
そして。
「どもー。〈怪書の手〉の者ですー。」
その男は気の抜けた挨拶とともに現れた。
軽く頭を下げるその姿は想定していたよりも随分と年若い。若造といっても差し支えない見かけをした男に、町長は胡乱な目を向ける。有り体にいえば胡散臭い。
「…。…本当に、なんとかしていただけるんでしょうな…?」
「はい、此度の依頼はお任せください。全力でやらせて貰いますのでー、」
その男は町長と向き合いながら目を細める。
「まずは聞き込み調査と参りましょう。」
「…とは言っても、どこから手をつけたもんかねー。」
ナハタは広場の石椅子に腰掛けると、あからさまにだらけて伸びをした。
今件は被害者が皆記憶を失っているために手掛かりが少なく、手付かずの状態から調査に取り組まなければならなかった。途方に暮れるとまではいかないが、今のままだとどの人外が犯人なのか見当がつかない。
結局は地道に進めていくしかないのである。
「カブー、カブー。今日はカブがお値打ちだよー」
「ちょっとそこの奥さん、うちの品物見てってよぉ」
魔掴みは町外れの工業区画のみで確認されているためだろうか。町の中心部にある広場と、そこに隣接する商業区画では活気が見られた。
現在ナハタが座っているこの石椅子は、どの町に行っても大抵の広場に設置されているような定番のものだ。集会なんかがあれば町長が目立つための礼台にされることはあるものの、平時の場合は町民が好き勝手使っていることが多い。
なのでまあ。年寄りに顔は顰められることはあれど、ナハタのように使っても基本叱られることはないのだが。
「あーっ、いっけないんだーっ」
「ここは町長さんしか触っちゃいけないんだよー!」
「おにいさん誰ー!?」
「よそもんだー!」
「どっから来たのー?」
「うーん。はいはい、なるべく順番に喋ってくれねー?」
子供にはそんなこと知ったこっちゃないのである。なにせ他の町を知らないのだから。
広場に集まった子供たちを軽く
相棒の機嫌を損ねないためにも、ここは手っ取り早く聞き込みを済ませてしまおう。
「なあ。君らってさー、この町で起こってる不思議なことについてどのくらい知ってんの?」
「聞きたいことがあったら、まずは聞かれたことに対して答えるのが先だってうちのお母さん言ってたよー」
「常識でしょー、おにいさんそんな事も知らないのー?」
「っ…あー、はは。ごめんなー、おにいさんうっかりしてたわ。」
うわ、まじめんどくせー。最近の反省が裏目に出たか。
“年下だろうと侮るなかれ”を教訓に子供たちの対応に挑むナハタだったが、この悪童ども相手では一筋縄ではいきそうにない。少なくとも五筋ほどの用意をしてくるべきだった。
「俺はここより西の方から来たナハタって者でさー。この辺りで言う対魔師みたいな仕事をしてんだよね。」
「へー、ナハタね」
「たいまし?」
「モテなそー」
「俺知ってるぜ、対魔師は詐欺師の集まりだって近所の爺ちゃんが言ってた!」
「えっ…、」
「詐欺師!詐欺師ナハタがこの町に来た!」
「みんなに言いふらしてやろー!」
「待ってまじやめて欲しいんだけど、」
「モテない詐欺師ー!」
これは久しぶりにかなりのハズレを引いてしまった。
そも、ナハタは情報収集の段取りとしてまずは同年代か、若しくは自分より年下の人間から声をかけるよう心掛けていた。なぜなら、人間というのは歳が近ければ近いほど、情報を相手に曝け出しやすくなるから。
これは自身の師範からの受け売りではあるものの、かなり有効な方法だとナハタは考えていた。歳が近ければ話題の関心が似たようなものになりがちというのもあるが、共通点があればあるほど、人間は良くも悪くも口を滑らせやすくなる。言うほどでもないかな…と踏む止まってしまう情報も、相手に親しみを感じていればポロッと口に出す確率が高くなるのだ。
その僅かな情報が、人外と相対して生き残れるかどうかを左右することもあるのだから、取り逃がしはナハタとしても当然避けたい。
だが経験不足による未熟な部分も否めないため、ナハタはこうやって下手を踏むこともまちまちだった。
ああ、まずいな。
ナハタには影沼の中でズマの機嫌がさらに急降下していくのが分かった。
でも到着早々、町の子怒鳴りつけるのって外聞悪いよなー、他の住人から聞き出すのも大変になるだろうし。ここは撤退して場所変えようかな…。
「さっぎっし、さっぎっし!」
「俺詐欺やってねーよ、だから詐欺師コール勘弁してー…。………はあ。」
よし、一旦退くか。収拾つきそうにないし。
ほとほと困り果てたナハタがそう考えた、その時だった。
悪童たちの後ろから、ぽてぽてとした足取りで近寄ってくる小さな子供の姿が視界に入る。彼らのおもちゃにされているナハタはそのことに気付き、また増えたか、とちょっとげんなりした。
舌っ足らずな言葉がその場に紡がれる。
「ねぇ、なにしてるの?」
すると、変化は劇的だった。
その幼子が問いかけた途端に、「呪われっ子だ!」という悪童たちの声が上がる。
「みんな逃げろ!」
「近寄ると呪いがうつるぞ!」
「やだぁ攫われちゃう〜」
「誰が一番早く逃げられるか競争だ!」
口々にそんなことを言って、あれだけ鬱陶しかった悪童どもがあっという間に走り去っていく。
ナハタは呆気に取られながらその背中を見送った。
「…呪い?」
その呟きに幼子が肩を揺らした。
背丈からして四つか五つくらいに見えるその小さな子供は、知らない男と取り残されたためか心細そうな面持ちでナハタを見上げていた。
ナハタは地面にしゃがみ込んで幼子と視線を合わせる。
「お前、名前は? 俺は〈怪書の手〉のナハタ。この町で起きてる不思議なことを解決するために来たんだ。」
その子供はもごもごと口元を動かしてから答えた。
「…サジー」
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