192 琴葉の夏2
翌日、俺と石神井、本天沼さんは放課後、香澄の通う小学校へと向かった。小学校は高校より授業が終わる時間が早いのか、校門の側で立って待っていた香澄は待ちくたびれた感じだった。
「香澄、お待たせ」
しかし、声をかけると、すぐに大人びた笑みを浮かべる。
「待たせてごめんな?」
「いいえ、私は大丈夫です」
私は、という言葉からわかるとおり、そこにはもうひとりいて……ちょうど校門に隠れて気付かなかったが、男の子が側に立っていた。
襟元が白い、薄緑色のクレリックシャツにチェックの短パンを合わせた、いかにもお坊ちゃんなコーディネートで、髪型はおかっぱのような髪型。中性的な雰囲気ゆえにとても似合っており、切れ長の瞳と優しげな口元が印象的だった。
「息吹くん……かな?」
俺が問いかけると、彼は上品に頭を下げる。
「はい。妙正寺息吹と言います。石神井さんと同じクラスで……えっと、お名前お伺いしても?」
息吹くんは高校生組3人を見てそう言う。
「まず俺が若み」
「なぜウソをつく」
「お兄ちゃん、ホントに勘弁してください……」
初対面にも関わらずボケようとして、俺と香澄でツッコミを入れられた石神井は、満足げに微笑む。
「香澄の兄の石神井大和です」
「噂は常々聞いてます……」
息吹くんは頬を少し引き攣らせていた。きっと香澄が普段から色んな悪口(≒ノロケ)を話しているのだろう。
「本天沼舞です。石神井くんのクラスメートで」
「俺が若宮惣太郎です。石神井のクラスメートで」
「ソウルメイトだ」
「いや、ソウルメイトってなんだよ……どこの小鳥遊六花だ」
「じゃソウルジェムだ」
「いや俺たち魔法少女じゃないから」
「あ、ごめんねなんか急に」
いつもならもう少し続けているところだが、息吹くんがいるので俺は急停止。すると……である。
「いえいえ、大丈夫ですよ。気さくな方々で僕も気が楽です」
むしろ彼は大人びた笑みを浮かべて、小さく首をかしげた。結果、その整った外見を見たときから薄々感じてたことが、俺のなかで確信に変わる。
……この子、絶対モテる。
小学生のうちは一般的に、足の速い男子がモテるとされる。それは決して間違っていないと思うけど、一方で小学生のうちからこういう見目麗しい子のことが好きな女子、すなわち面食いな女子も当たり前だが一定数いる。小中と周囲の人々にあまり興味を持っていなかった俺でも、女子が結構面食いだってことは普通にわかっていた。
きっと、彼のことが好きだったという江古田さんも、そんな面食いな女子のひとりだったのだろう。
○○○
そして、俺たちは場所をマルイ地下1階のフードコートに移動した。なにか相談事、話し合うことがあるとここに来ている気がするが、程よく混雑しており周囲に声があまり聞こえないため、ちょうどいいのだ。
「……そんなことになってたんですね、中野さん」
一通り、俺たちの話を聞くと、息吹くんは申し訳なさそうな表情でうつむく。
「中野さん、元気ですか?」
「その聞き方をするってことは琴葉が不登校ってのは知ってるんだね?」
「知ってるもなにも、原因は僕ですからね……」
俺の問いかけに答えつつ、息吹くんは自分の気持ちを伝えてくる。
「女の子同士の話なのでわからない部分もあるんですけど、江古田さんって女の子が中野さんに嫌がらせをしてた……そう認識しています」
「息吹くんが原因だとは思わないけど、でも現象だけを見るとそうなるかな」
「……もともと中野さんとはクラスが同じになることが多くて、よくお喋りする関係だったんです。あの子って、他の女の子と違って周りと群れない感じじゃないですか?」
「見たことないけど容易にイメージできる」
「だから接しやすくて……女の子って面倒じゃないですか? 自分で言ってくればいいのに他の友達が何人も一緒に来て、『この子、妙正寺のことが好きなんだって』とか言って」
「あ、うん……そう、だね」
その場にいた女子として思うところがあったのか、本天沼さんがうなずく。
「正直そういうの面倒だし、江古田さんとも距離を取るようにしてたんですけど……それが逆効果だったのかもですね。でも、そうやって話してるのが良くなかったみたいで、気付いたときには他の女の子たちに嫌がらせされちゃってたみたいで……」
そう言うと、息吹くんは小さくため息をつく。憂いを帯びた口調は男の子のモノとは思えないほど中性的だった。
「だから、引っ越すことが決まったとき、ちょうど良かったかなって思ったんです。原因の自分がいなくなれば、江古田さんも中野さんに嫌がらせしなくなるかもしれない……そう思って」
「あ、そうなんだ」
「だから、正直、また学校に通えてるかなって期待もあったんですけど……」
「いや。残念ながら今も通えてないし、てか君が転校したのもまだ知らないと思う」
「そうですか……」
俺の言葉に、息吹くんは残念そうにつぶやく。
「まあでも、そうですよね。言いに行けば良かったですね、引っ越すタイミングで。僕が家に行くとイヤな気持ちになるかなって思ったんで行かなかったんですけど……」
正直なところ、彼もまた琴葉と同じで被害者でしかないのだが、人一倍、琴葉が不登校になった責任を感じているようだ。
うーん、かわいい女の子も大変だけど、イケメンにも色んな苦労があるんだなあ……と思うし、不登校していた琴葉がそれを知らずにいるというのも、なんとも皮肉な話だなと思った。
「中野さんにはこのこと伝える感じですか?」
「そうだね。今日は連れて来なかったんだけどタイミングみて話そうと思う」
「そうですか……どこかのタイミングで、謝れたらいいんですけど……」
息吹くんが謝ることなどひとつもないはずなのだが、それを告げたところで彼の気持ちは少しも救われないのも事実であり、俺たち高校生組はなにも言えなかったのだった。
○○○
いろいろあった夏休みが明け、高校に通う毎日が始まった。
と同時に、当たり前の話だが琴葉の通う小学校の2学期も始まった。
そして俺たちは、琴葉が久しぶりに足を運んだ実際に見た情報によって、江古田さんがなぜああも聞き分け良く、本天沼さんの脅しを受け入れたのかを知る。じつは彼女はもう、別の男子のことを好きになっていたのだ。
しかも、その男子は琴葉と話したことのない男子で、江古田さんの視界の中に琴葉はもう入っていないようだった。
「なんかバカみたいだよね」
2学期が始まって数日経ったの日の夕方。俺と琴葉は多摩川の河川敷に並んで座っていた。
友達がいないこともあり、息吹くんが引っ越ししていたことには気付かなかったようだが、江古田さんが別の男子にお熱だったのを見て、なんとなく不登校し始めた頃と状況が変わっていることには気付いていたらしい。俺が彼の転校を告げると、さほど驚かずに聞き入れた。
「私はすっごく悩んでたのに、妙正寺くんはいつの間にか引っ越してて、あのバカ女は違う男子にお熱だったとか……今日なんて、ずっとべったりしてたんだよ?」
「ひどい話だよな」
「ホントに……なんのために悩んでたのかわかんないよ。これじゃ私がただバカだっただけみたい」
口には出さないが、学校に通えなかった1年間は琴葉にとって大きなストレスだっただろう。人一倍悩んで姉ふたりに苛立ちをぶつけたこともあっただろうが、知らないうちに原因はなくなっていた。琴葉がやりきれない気持ちになるのはとても自然なことだと俺にも思えた。
「なあ、琴葉」
だからこそ。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
俺はごく自然に、姉の友――と言っていいのかも、未だによくわからないのだけど――の立場を明らかに超える、その布石となる一言を放ったのだった。
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