169 ももたその正体1

 そんなこんなな茶番がありつつ、俺は石神井とともに男子部屋に荷物を運び入れる。


 内部は屋根の傾斜を生かしたデザインで、木の梁が見えていて屋根裏部屋のような雰囲気。壁と屋根に窓がそれぞれついているので採光も問題なく、上質な無垢材でできた床は定期的にワックスがけが行なわれているようで、足下も非常になめらかで心地良い。


 お世辞とか一切抜きにとてもいい感じの別荘で、高寺家はどれだけ金持ちなんだろうと正直若干怖くなってくるほどだった。


「んー」


 階段をおり、リビング奥にあるキッチンに足を踏み入れると、ちょうど高寺がスイカを冷蔵庫に入れようとしているところだった。先に他の野菜を入れていたせいで、うまいことおさまらずに苦戦しているらしい。


「スイカみたいにデッカいやつは先に入れたほうがいいぞ。葉物は最悪折りたたんでもいいし」

「お、誰かと思えば若ちゃんか」

「このへん持っとくからスイカ先に入れて」

「あいあいさー!」


 元気よく返事すると、高寺は素直にスイカを冷蔵庫に入れる。今度は他の野菜含め、きれいににおさまり、うまく収納できた。


「やっぱスイカって重いね。あとで買いに行こうかなって思ってたけどさっき買えて助かった」

「まあ一応男子だからな。上腕四頭筋? には自信がある」

「そこは二頭筋。てか、そんな筋肉ない」

「無知を露呈してしまったな……」


 もちろん知らないフリをしてボケているだけなので、俺は話を戻す。


「高寺、ひとつ聞きたいんだが」

「聞かれてあげちゃうんだが」

「花火セットってさっき行ったスーパーにあるかな?」

「花火? あると思うけどなんで? 石神井くん超持ってきてたでしょ?」

「いや、もうない」

「え、使っちゃって……ってさっきのあの大きな音って」

「そのまさかだ」

「あー、そりゃドンマイ。まあ石神井くんらしいけど……あ、でも逆に都合いいかも」

「ん? 都合?」


 俺の問いかけに高寺は軽く笑うと、


「あのさ若ちゃん、もし良ければなんだけど、花火買うついでにももたそ迎えに行ってくんない?」

「俺が?」

「うん。もともとあたし行こうと思ってたんだけど一応家主だし、ここいたほうがいいかなって」

「まあ、それはそうかもだが……」


 するとそのとき、テーブルのうえで誰かのスマホが鳴る。見ると高寺のモノだった。


「あ、ごめん」


 高寺はスマホを手に取ると、誰かと話し始める。


「やほー、ももたそ! あ、あとちょっとで駅につく? わかった、迎えに行くね! はーい……えっと、お迎えの用事もできたんだけど」


 そう言いながら、高寺が俺のほうを見る。


「仕方ねえな……まあいいや。どうせ花火買いに行くついでだし」



   ○○○



 というワケで、俺は大人しく指令に従って駅へと向かうことにした。


 別荘に到着したときよりも日は高く昇っており、日差しも強くなっている。バス停でバスを待っているだけで頭がクラクラしてきそうな猛暑だ。


 若干気持ち悪くなりそうになっていたとき、バスが到着。助かったと思いながら乗車し、倒れるように手頃なシートに座り込む。


 今から合流する通称ももたそ、正式名称は桃井……あれ、なんだったっけ。暑さのせいもあって頭が回らない……そう言えば下の名前って聞いたことないな……まあ、べつにいいかそんなことは。


 俺の電話番号はすでに、高寺経由で向こうに伝えてもらっている。彼女が駅についたタイミングで電話をもらい、落ち合うことになったのだ。


 15分後。駅に到着すると、俺はスマホを取り出す。着信はまだないので、おそらく次の特急列車だろう。時刻表を見て確認すると、まだ少し時間があった。


「……先に買い物済ませるか」


 というワケで俺はひとり、さっき他の面々が入っていたスーパーへと足を踏み入れる。


 外がとても暑かったため、冷房で体の熱を鎮めようと思ったのだが、中は予想以上に涼しく、というか寒かった。自分自身が食品になったと錯覚するような嫌な寒さであり、普通に歩いているだけなのに、容赦のない冷気が体の外側を包んでいく。


 また、建物が古いせいか、どこかかびたようなツンとニオイが充満していた。冷房よりも換気をもう少ししっかりしたほうがいいのでは……と思えてくるくらいで、俺はだんだん気持ちが悪くなっていった。


 なので、俺は手早く花火コーナーへと移動。適当に見繕って会計を済ませて外へ出た。さっきまでは暑さが不快だったのに、今はその熱をありがたく感じる。


(なんか頭がぼけっとするな……)


 今からももたそと落ち合うというのに、コンディション的には最悪だった。


 正直ちょっとしんどくなりながら駅構内へと足を踏み入れると、ポケットがブーッと振動。スマホを取り出すと、見たことのない電話番号が表示されていた。


 正直、会ったことのない人と電話をして、合流して別荘へと案内するというのは話しかけ見知りな、いやそうでなくても緊張せざるを得ない状況だけど、今の俺にそんなことを考える余裕はなかった。


「……はい、もしもし」

「あ、もしもし? 遅くなってすいません」


 ワンテンポ遅れて、少し高めで、空気の通りが良いのかふんわりとした、それでいて若干かすれた雰囲気のある……そんな甘い声が聞こえてくる。一言で形容しがたい、不思議な響きの声だ。


「私、高寺ちゃんに合宿に誘ってもらった桃井って者ですけど」


 スマホ越しの声は、間近で聞くものとは少し異なっている。高さも微妙に変わるものだし、音質が悪ければ声のニュアンスですら違って聞こえるものだ。


 しかし、俺はなぜかスマホから聞こえるその声が、どこかで聞いたことのある声に思えて仕方がなかった。暑さのせいで脳がおかしくなってしまっているのだろうか。


 いや、今はそんなことはいい。とりあえず合流しなくちゃ……。


「今、どこですか? 私、改札出たところなんですけど」

「あ、近くにいます」

「じゃあ、悪いんですけどこっちまで来てくれませんか? わかるように、スマホ耳に当てたままでいるので」


 言われるがままに歩き、俺は程なくして改札まで20メートルくらいの距離に達する。


 そこには高校生くらいの女の子がふたりおり、偶然にもどちらもスマホを耳に当てていた。手前にいる女の子はこっちの方向を向いており、奥側にいる女の子は俺に背を向けていて、顔はわからなかった。


「すいません、スマホを耳に当てた女性、ふたりいるんですけど」

「……あっ、ホントだ! たしかにもうひとりいますね。しかも待ち合わせ中みたいだし……ふふっ」


 手前にいる女の子はキョロキョロしておらず、俺の言葉に反応していないことは明らかだった。消去法的に、ももたそは奥側の女の子だろう。


「もうひとつ目印ってないですか?」


 しかし、である。


 奥側の彼女がももたそだと確信しつつあったからこそ、俺はあえてその問いかけをした。


「目印作ります……はい、今、手にラノベ持ってます! 最近お気に入りの」


 彼女は、薄い紫色の膝丈ワンピのうえに羽織っていた薄手のパーカーのポケットからラノベを出した。それはとても手慣れた仕草で、常日頃からそうやって取り出しやすいところに本を入れているのだろうとすぐにわかった。


(こんなことって、あるんだな……)


 彼女まで、残り10メートル。


 俺は電話を切ると、陽の光を浴びて反射している銀色の髪を目印に、ゆっくりと近づいていく。差し込む陽の中でたたずむ彼女はとても幻想的だった。俺の立ち位置的に逆光になっていることも相まって、どこか空想のなかの女の子のようにすら思え、たとえば今この場で急にバレエを踊り始めても、そういう世界なのだと素直に受け入れられそうな気すらした。


 暑さで頭が痛くなっていたのに、それに加えてこの身に起ころうとしているイベントに、俺の脳みそはいろんな処理が追いつかなくなっていた。


「あれ、電話切れた? 目印って言ったのに……」


 そして、もう、その声は直にこの耳に届いている。


「大丈夫、ちゃんと見つけられたから。可容ちゃん」

「あ、良かったてっきり見捨てられたかと……えっ可容ちゃん……?」


 その女の子は、屈託のない、人の良さそうな笑顔をこちらに向ける。


 そして、すぐに驚きのあまり、言葉を失った。


「そうちゃん……どうして……?」

「えーっと、それは俺も聞きたい、かも」

「びっくりしすぎて……私、どうしよう」

「俺も同じだよ……なんか、頭がおかしくなりそうで……」


 そこまで話したところで、俺はもう限界だった。ただでさえ暑さで痛くなっていた頭が余計にグワングワンして、スッと全身から力が抜けて、可容ちゃんの方向へ倒れ込む。


「そ、そうちゃん!? だだだ大丈夫!?」


 彼女の細い腕に抱えられながら、俺は意識が遠のくのを感じつつ、


「これが大丈夫に見える? ……なんてね」


 そんなふうに返して、意識は遠のいていったのだった。



==◯◯==◯◯==◯◯==



はい、ネタバラシ回でした。

お気づきの方もいらっしゃったようですが、ももたそ=可容でした。


WEB小説どころか、ラノベでも数十万文字越しでのネタバラシってまあまあないと思うので、ここまで読んでくださってる方には感謝しかないです。

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