隠れて声優やってます。〜クラスの無口な女子の正体が超人気アイドル声優だと気付いてしまった俺の末路〜
ラッコ
第0話
警視庁統計によると、日本では毎年約200件の誘拐事件が発生しているという。そして今日、俺はワケあってその1件の被害者になった。
話は、少し戻って数分前。
○○○
目を覚ますと、そこは会議室と物置を足して2で割ったような小さく地味な部屋だった。 蛍光灯の光がまぶしく、視界がジンとぼやける。顔を動かさず、視線だけ左右にやると部屋に窓はないようで、今が朝なのか夜なのか、もちろん何時かもわからない。
そんな無機質な部屋。
(どうしてこんなにまぶしいんだろう……)
まるで映画館から出たときみたいで、薄目以上に開けられない。
と、そこまで思って、俺は自分が何者かに目隠しされたことを思い出す。目が慣れていないことを考えると、まだ外されてからそれほど経っていないらしい。
でも誰に、なんのために目隠しされたのか、一番肝心なそこが思い出せず……。
(ダメだ。ボケて、頭が回転してくれない……)
視覚の次に戻ってきたのは痛覚だった。腕にヒリヒリとした痛みを、脚ににぶい痛みを感じる。
あ、そう言えば俺、黒いワンボックス車に押し込まれたんだったっけ。なんかそんな気がしてきた……いや、そうだ。思い出してきたかも。たぶんそのとき、腕を角で打って。で、脚を変な方向に曲げたんだっけ。
(てか結構、腕も脚も痛いな……)
さっきまでなんにも感じなかったのに。頭がボケると痛覚までボケてしまうらしい。
視覚、痛覚の次に戻ってきたのが聴覚だった。断線しかけのイヤホンが調子を戻したときのように、耳が聞こえるようになると、静かな換気扇の音が耳に入ってくる。一定のリズムが、部屋の無機質さをさらに際立たせているような気がした。
そして、頭がボケていたせいで気づかなかったがこの物置のような部屋は、じつは意外と騒々しいらしい。というのも複数の人間が、さっきから不思議な会話を繰り広げているのだ。
「街で出会ったんだけど、この勇者さん、俺は異世界から来たって言い張ってて」
若い女性の声が耳のなかに飛び込んでくる。心配がにじみ出た、優しくまろやかな声色だった。
「そんなのウソに決まってるだろ! 姉ちゃん、お人好しすぎだっ! だから損ばかりするんだっ!」
それに対し、小さな男の子が反応する。威勢だけはいいという感じの喋り方で、顔を見なくともわんぱくであることが伝わってくる。
「でも放っておいたら死んじゃうし……」
「おいおい、放っておかなかったら俺たちが死んじゃうんだぜっ?」
「でもパン一枚くらい」
「そのパンは姉ちゃんの一日分のメシじゃねえかっ! うちが今、どんだけ貧乏かわかってんのかっ!?」
「たしかに、父さんと母さんが亡くなってから、貧しいのは事実だけど」
どうやら年の離れた姉弟のようだが……一体なんの話だろうか。まぶしさで目を開けられないまま、俺は会話に耳を澄ませ続ける。
「ちょっと、落ち着いてふたりとも。施すかどうかは相手を見て決めればいいじゃない」
「たしかにそうね」
すると、別の小さな女の子が会話に割り込んできた。幼いながらもどこか背伸びしたような口調で、聡明さとほんの少しの腹黒さを感じさせる喋り方で、結果的にそのあとに続いた若い女性の声の柔らかさが際立つ。
「それでもお姉ちゃんたちに反対?」
「……ん、まあ、それなら……」
どうやら姉1、姉2、弟という構図のようだ。
「とりあえず、身ぐるみ剥がすところから始めましょ? もし金品を身につけてれば、奪い取って、本人には『落としたんじゃない?』とか言って」
そんなひどく凶暴なことを、少女の声で、大人びた口調で言った。
……。
えっと……なにこれ?
ちょっと会話の状況がわからなすぎるんだけど。
ついうっかり聞き込んでしまったけど、なんなんだ一体。俺さっき自分に対して「頭がボケる」とか言ったけど、もしかしてボケるを通り越しておかしくなったのか!?
確認しようとして上体を持ち上げると、両手首に強い痛みを感じる。ようやくまぶしさに慣れてきたらしい目をなんとか開くと、左右の腕が体の後ろに回っていて、前に持ってこうとするたびにカチカチという金属音が聞こえた。どうやら俺は手錠をされており、それがどこかに繋がれ、体の自由を奪われているらしい。
一度離れたことで、頬がひんやりとしたものに触れていたことに遅れて気づく。ニオイをかぎ、視線を向けると、それはくたびれた革のソファーだった。目の前には古びたテーブルがあり、それを囲むように、同じ形のソファーが置かれていた。
「気がついたみたいね」
と、向かいのソファーから、若い女の澄んだ声が聞こえてくる。それは、さっき聞いた3つの声とは違ったものだった。
例えるなら……森の奥深くにある池のように澄んだ声、とでも言うのだろうか。この無機質な部屋とは対照的だ。
「気がつい……えっ……??」
意識を向けると、制服のスカートからのびる白くて細い脚が視界に入ってきた。なめらかな曲線をなぞるようにして視線を上げていくと、短めのスカートから出た太ももはソファに押しつけられることで、細いながらも女の子特有の柔らかそうな丸みを帯びていた。
高校のブレザーのなかに見える白いシャツの胸元は、控えめながらも品の良い丘陵を描いている。きっちり一番上のボタンまで閉じられたシャツからのぞく首は、驚くほど白くキメ細やかで、すっと天に向かって姿勢良く伸びていた。
そして、さらに視線を上げて見ると……。
(この子は、えっと……)
そこには見覚えのない、いや、ないようでどこかで見たことがある気もする美少女だった。
瞳は大きく、鼻はすっと通りながらも、いい意味で存在感が控えめで、全体の調和に貢献している。唇は薄いものの血色が良く、同い年とは思えない色気を漂わせていた。黒くて長い髪はサラサラとしており、無機質な部屋の黄ばんだ壁紙を背にすると、どこか西洋の著名な画家が書いた絵のようにも思える。
また、凜とした顔立ちには、意思と気の強さを感じさせる表情が浮かんでいて、ますますこの部屋との調和がとれていない。
しかし。
先程、3人の会話が聞こえていたにも関わらず、この部屋にいるのは、その美少女ひとりだった。
そして。
困惑する俺に対し美少女は、一般人離れした滑舌の良い、そして驚くほど透き通った深い声で、俺と話し始める。
「私が誰か、わかっているわよね?」
その言葉には、有無を言わせない語気があり、思わず暴力性すら感じる。
だが、その暴力性すら忘れそうになるほど彼女の声はやはりとても美しかった。柔らかで耳心地が良いせいで、まるで自分が夜の海の静かな潮の流れに身を預けているような気持ちになる。
だが、俺がコクリとうなずくと。
彼女は困ったようにため息をついて、こう続けたのだった。
「同じクラスの無口で地味な女の子・中野ひより……つまり私が……声優の鷺ノ宮ひよりであることにあなたが気付いてしまった件について、少しばかり話し合いたいと思っているのだけれど……」
警視庁によると、日本では毎年約200件の誘拐事件が発生しているらしい。しかし、「大人気現役女子高生声優」に誘拐された人間は、俺が初めてだろう。
さらに話は、数日前に戻る。
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