Last Resort
ウツユリン
プロローグ.『大司書、赤子と出逢う』
「ようこそ、フィルビヴロへ。ここは
「ばぶぅっ」
「そのとおり。たとえば【ばぶう】。言語による意思疎通のはかれない新生児が発する音。俗に、幼児語と呼ばれますが、このようなパラディホムスには馴染みの薄い専門知識もまた、大司書たるザケリアスがお手伝いを……おや?」
ワタシとて、ガラスを模したドアが開いたとき"その子"に気づかなかったわけではない。
ドアのあいだから、常にヘイヴンホワイトへ保たれた天空が放つ、やさしくおぼろげな色に、きょうも筋雲のような痕跡が立ち上る。変わりない景色を認めたあと、透けて見えるパラディホムスたちを先に
そのあいだ、小さな白い影はまるで飼い主を待つ忠犬よろしく、正面入り口のド真ん中で微動だにしない。というわけで"到着"したてと判断したワタシは、先の口上を用意したのである。
ついでに言うなら、膝の高さほどしかないその子を踏まないように、他のパラディホムスたちを誘導したのもワタシだ。"踏まれる"という感覚が過去の記憶に消えているデータ体たちは、不思議そうな顔をしながらも、中央に陣取った影を避けていってくれた。
「子どものパラディホムスはめずらしくありませんが、赤子となると数件しか記録にありませんねぇ」
来館記録の書物を、お伽話の魔法使いさながらワタシが呼び出してめくるあいだも、赤子は口元に泡を立ててばぶばぶとやっている。
「失礼ですが……演技、ではありませんね?」
「ばぶう?」と首をかしげる赤子。これでワタシをからかっているとしたら、なかなかの好演である。
「フィルネットへアップロードされる際、言語をはじめとした基礎知識が
アップロード担当者が判明したところで、再インジェクションなどできはしないが、仮にも、人間の自己バックアップたる情報体の別天地・
接触することもないプログラムの愚痴をトラッシュボックスへ放り込みつつ、ワタシは分厚い来館記録を閉じた。
「仕方ありません。時間はかかりますが、ワタシ、大司書のザケリアスが必要な知識を伝授しましょう。幸い、お互い"プログラムです"。時間はたっぷりある。……その前にひとつ、貴方のお名前を教えていただけますか」
「ばぶうっ?」
「……コホンッ。では、ワタシから最初の知識を。貴方を
ジョンは不思議そうに首をかしげていたが、丸い顔が笑ったようにも見えた。
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