第36話 VS ヒュンドル


 Σ


 圧倒的パワーは術式法則さえも捻じ曲げるのか。

 或いは、“術”そのものを無効化する力を元々備わっていたのか。

 俺には判断できないが、ともかく――


 ヒュンドルは俺の放った“影縫い”から抜け出した。


「殺せ! 殺すんだ!」


 イザベラが血走った目で囃し立てる。


 まったく、うるさいおばさんだ。

 俺はチッと舌打ちをして、改めてヒュンドルと対峙した。

 奴は俺の方に剣の切っ先を向け、静かに構えていた。

 

 そのとき。

 はたと気付いた。


 ヒュンドルの雰囲気が変わっている――?


 先ほどまで放っていた無秩序の怒りが、今はただの強者のオーラに変化している。

 打って変わって、いきなり襲ってくるということはしなかった。

 彼は半身で剣を構え、切っ先をこちらに向けて静かに俺を見ていた。

 

 なるほど、と思った。

 何がトリガーとなったのかは分からないが。

 どうやら、今のヒュンドルはほんの少しだけ、アレッキーオの心が蘇ったようだ。


 俺は思わずにやりと笑った。

 いいだろう。

 それなれば、いち剣士として、手合わせしようではないか。


 俺は地面に聖なる剣セイントソードを放り投げ、代わりに、豪鐵の剣グラントソードを取り出した。

 この剣には、付与される特殊効果は何もない。

 単純に、強く、よく斬れるだけの武器だ。


「ど、どうするつもりだ、ルルブロ殿」

 

 オーギュストが言った。


「ヒュンドルは誘っている」

「誘ってる?」

「剣で勝負しよう、剣士として戦おうと言っている」


 俺はにやりと口の端を上げた。


「だからアイテムは無しだ。剣で戦う」

「な、何を言っている」


 オーギュストは語気を荒げた。


「剣のやりとりでは勝ち目はないぞ。あなたは防御力に自信があるのかもしれないが、ヒュンドルはそれ以上に、途方もない力を持っている」


「分かってるよ」

 と、俺は目線をヒュンドルに向けたまま言った。

「だけど、俺も一人の男として戦いたい」


 オーギュストは「馬鹿な」と大きく頭を振った。


「挑発に乗ってはいけない。これは遊びじゃないんだ。あなたは剣技の素人だ」

「そうだな」

「今からでもいい。道具を使うんだ」

「使わねえ。これは、武士道ってやつでね」

「ブシドー?」

「俺がかつて生きていた世界にあった精神だよ。名誉や誇りのために戦うんだ。つまり、、同条件(タイマン)でやろうってことだよ」

「も、元人間同士? どういう意味だ、それは」


 俺は肩を竦めた。


「あとで、教えてやるよ」


 それだけ答えて、俺は口を噤んだ。


 そう。

 オーギュストが言っていることはイチイチ尤もだ。

 俺は間違っている。

 この命のかかった状況で、わざわざ不利な戦いに挑むなんて不合理だ。


 だが、人は時として、整合性のない行動をとる。

 その時の俺にはそれが、“人間らしさ”であるような気がしていた。


 そして、上手く言葉には出来ないが。

 今のヒュンドルは、以前と少し違う。

 こうやって闘う方が、上手くいくような予感があった。


「悪いな、ラキラキ、ブルータス。一緒に冒険は出来ないかもしれない」


 俺はつぶやいた。


 言葉はそれきりにしようと思った。

 ここからは闘いの刻。

 俺とヒュンドルだけの時間だ。


 俺はふうと深く呼吸をした。


 そしてヒュンドルは。

 ゆっくりと、大上段に剣を構えた。


 Σ


 ドンッ、という発射音と共に、ヒュンドルは俺に向かって駆けた。


 土煙が上がり、瞬時にして間合いが詰まる。

 俺は姿勢を低くして、半身になって初撃を避けた。

 不意を突かれなければ、僅かにこちらの方がスピードは上。

 ヒュンドルの剣は俺の丸い背の外殻を上滑り、そのまま床に突き刺さった。

 俺は自らの背外殻の防御力には特に自信がある。

 ヒュンドルの馬鹿げたパワーでも、致命傷は避けられる自信があった。


 とにかく力勝負に持ち込むのはまずい。

 俺は空振りわずかに体勢を崩したヒュンドルに全力で体当たりをした。

 ヒュンドルはたたらを踏み、身体を反らした。

 吹っ飛ばしてやるつもりだったが、どうやら膂力(りょりょく)もとんでもないらしい。

 

 俺は剣を横に振りかぶり、そのまま横一文字に振り切った。

 ヒュンドルは縦に剣を立ててそれを防いだ。

 弾かれたついでに、今度は縦に振りぬく。

 すると奴は剣を横にして、難なくいなした。


 俺はそれから、思うままに剣を振り回した。

 だが、ヒュンドルはその全てを躱すか、或いは弾いた。


 そして隙をついて反撃してくる。

 かろうじて防いだが、指と腕が何本か飛んだ。

 俺は剣を別の肢に握り変え、さらに袈裟斬りに攻撃を繰り出した。

 しかしそれも切っ先で弾かれ、もう片方の、今度は腕を根こそぎ切り取られた。

 

 とはいえ、俺の肢はまだ6本ある。

 俺は背を向けてヒュンドルに突進した。

 捨て身の突進に、ヒュンドルは虚を突かれたのか、今度は遥か後方にまで吹き飛ばすことが出来た。


 その隙に、俺は再び体勢を起こした。

 なんとか間合いを取ることが出来た。

 だが、腕を2本失い、もはや俺に勝ち目がないのは自明だった。


 ――強い。


 ……く。

 くはは。

 くははははは。


 何故か、笑いが込み上げてきた。

 イザベラに中毒あてられて、頭がやられたのかもしれない。

 可笑しくて仕方なかった。


「助勢する」


 と、その時。

 俺の横に、オーギュストが並んだ。


「へ。一対一タイマンだと言っただろ。要らぬお世話だ」

「知ったことか。このまま、見殺しには出来ん」

「お前はセシリアを探せ」

「もちろんだ。だが、その前に、あいつを倒す」

「やめとけよ。俺に付き合っていたら、犬死にするぞ」

「そうかもしれん。だが、私は学んだのだ。誰かを守るのに、躊躇してはいけない。そいつが私の――」


 ブシドーってやつだ。


 オーギュストは震える声で言った。

 よく見ると、翳した剣の切っ先も小刻みに揺れている。


「なんだ。怖いのか」

「ああ、怖い。情けない話だがね。ヒュンドルは、想像以上のとんでもない強さだ。ルルブロ、お前はよく恐ろしくないな」

「恐ろしい? ああ、そうだな。忘れてたよ」

「はは。なんだそれは」

「どうやら、俺は致命的に鈍感らしい」

「……そのようだな」


 オーギュストは額に汗を滲ませ、苦笑した。

 その横顔を見て、俺は決心した。


 よく知りもしないモンスターのために、自らの命を賭す。

 勝ち目のない戦いに挑む。

 まったく馬鹿げた奴だ。


 だが――これも、人間だ。


 こいつは、万が一にも殺させるわけには行かねーな。

 俺は頭をさすった。

 それはきっと人間らしさにとって、意地やプライドより大事なものだ。


 俺は“袋”に手を入れた。

 その中から、宇宙を模した球形の石を取り出した。

 卵型の石球の中には、小さな星々が細胞のように蠢いている。


 こいつは俺がダンジョンで手に入れた中で、断トツでヤバい代物。

 “破壊石ハルマゲドン”だ。

 その爆発は普く属性の敵を消滅させる。

 完全にこの世から消し去る。

 レア中のレアアイテム。

 転生してから数十年、ダンジョンでガチャをしまくった俺が、一つだけ手に入れた最強道具だ。


 “破壊石”は凄まじい威力だ。

 恐らく、使用すれば俺もただでは済むまい。


「下がってろ、オーギュスト」

 と、俺は言った。

「そして、俺が合図を出したら、イザベラを連れて、すぐにその場に伏せるんだ」


「な、なんの話だ?」

「タイマンは辞めだ。アレッキーオには悪いが、道具チートを使わせてもらう」


 俺はそういうと、2歩、前に進んだ。


 ヒュンドルは立ち上がり、ゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。

 そうして、お互いに少し距離をあけ、対峙した。


「さあ、来い」


 俺は言った。


 ヒュンドルは剣を構え、腰を落とした。

 一切の隙や無駄を排した、とても美しい所作だった。


 来る。

 そして、それで終わる。


 俺は覚悟を決めた。


 ――と、その時である。

 

 俺たちの視界の中に、突然、人影が割入って来た。

 その姿を見て、その場にいる誰もが一瞬、身体の動きを止めた。


 ぽたぽたと腹から血を流す、苦悶の表情をした少女。

 セシリアだった。


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