第27話 謝罪
Σ
俺たちがセシリアの自宅に戻る頃には、すっかり陽は落ち夜になっていた。
前庭ではオーギュストが待ち構えていた。
彼は俺たちを見るなり謁見はどうであったかと聞いてきたが、憔悴した様子のセシリアを見て、何かを察したように口を噤んだ。
話はあとだと応じ、俺は母屋ではなく納屋の方へと入った。
その際、母親のイザベラも呼んだ。
ともかく、話し合いをする必要があった。
それから、城であったことをオーギュストとイザベラに話した。
オーギュストは神妙な顔つきで聞いていた。
他方、イザベラは何と言うか、飄々としており、動揺した様子はなかった。
ただ一言。
娘を助けていただき、ありがとうございますと真摯に頭を下げた。
俺はまず、ラキラキになんであんなことをしたんだと問いただした。
しかし彼女は、“煙幕飴”のせいで口の周りが真っ赤になった俺の顔を見て笑うばかりで、全く要領を得なかった。
何が面白いのか、俺が怒れば怒るほど転がり回って笑っていた。
駄目だこいつは。
ラキラキには、やはり何を言っても無駄だ。
「何しろ、えらいことになっちまった。完全にエリザベートの怒りを買った」
大きなため息を吐いてから。
俺はいよいよ、セシリアに向かった。
「セシリア。お前もラキラキと同じだ」
と、俺は言った。
「あんたはエリザベートを無用に挑発した。なぜ、あんな風にムキになってエリザベートに向かっていったんだ。命令を断るのだから、徹頭徹尾、下手に出る必要があった。人間の社会とはそういうもののはずだ。全く、俺たちがいたからいいものの――あのままでは、お前は本当にギロチンで処刑されていたかもしれないんだぞ」
セシリアは俯いていた。
そして長い間、黙り込んだ。
俺たちはみんな、彼女の次の言葉を待った。
「ごめんなさい……たしかに、感情的になってしまいました」
やがて、セシリアが口を開いた。
「ですが、エリザベート様はきっと、私を殺す気はなかったと思います。ましてやギロチンにかけるなんて――そんなことはしないと思います」
俺は首を傾げた。
「どういう意味だ?」
セシリアは申し訳なさそうにちらとオーギュストを見た。
それから言った。
「あの方は、きっとオーギュストさんのことが好きなんです。そして、オーギュストさんが、私のことを気にかけてくださっていることを知っている。エリザベート様は、そのことが気に食わないんです。でも、だからこそあの方は私を殺せないのです。イジメることは出来ても、殺すことは出来ない。そんなことをしたら、オーギュストさんは永遠に手に入らなくなってしまいますから。つまり私はエリザベート様にとって、嫌悪の対象でありながら、最後の駆け引きの道具でもあるんです」
セシリアは一息に語った。
俺は顎に手を当て、「なるほどな」とつぶやいた。
たしかに、彼女の言葉は一理ある。
エリザベートがオーギュストに惚れているならば、セシリアのことを直接手にかけるわけには行くまい。
つまり彼女はセシリアに合理的にいなくなってもらうためには大義名分が必要だった――つまり、ヒュンドル討伐によって討ち死に、という結末が必要だったわけだ。
セシリアへの理不尽な命令。
その正体は、そんなところだったのだろう。
得心が入ったのと同時に、意外だったという想いが胸をよぎった。
オーギュストだけではなく、セシリアも、“そのこと”に気付いていたのだ。
つとみると、彼女は泣きそうな顔で俯いていた。
か細い声で「すいません」と呟く。
彼女自身の口からは、言いたくないことだったのだろう。
「しかし、それはあくまで希望的な見方だ。あのエリザベートと言う女、ヒステリックになると何をしでかすか分からんぞ」
と、俺は言った。
その通りだ、とオーギュストがあとを継いだ。
「エリザベート様は恐ろしい方だ。これまでにも、彼女の身勝手な一存でいくつもの御家が取り潰され、国外追放の憂き目にあった。彼女を刺激してはいけない」
「すいません。私も、ついカッとなってしまって」
「気持ちは分かる。君は、これまでに辛い想いをし過ぎたんだ」
オーギュストはセシリアに向き合い、深く頭を下げた。
「セシリア。一度、正式に謝罪をさせてくれ」
「謝罪?」
「ああ。私は、ルルブロ殿に言われて、自分がいかに弱虫であったかを痛感したんだ。私は逃げていた。君と言う存在から逃げていたんだ」
オーギュストは美しい顔を歪めて、首を振った。
「いいや、違う。私は、逃げることもしなかった。君のことが好きだったから、立ち去ることも出来ず、かといって手を貸すこともしなかった。君が味方を欲していることを知りながら、表立って助けることをしなかったんだ。本当に半端で卑怯者だ」
本当に済まない。
許してくれなんて言えない。
オーギュストは誠意を込めて言葉を継いだ。
「だが、セシリア。私は覚悟を決めた。この日、この時間から、君のために生きると決めた」
「しかし、それではエリザベート様が」
「説得するよ。どれだけひどい目にあってもいい。父から勘当され爵位を剥奪されてもいい。私は――」
これからの人生の全てをキミに捧げる。
オーギュストはセシリアの手を取り、彼女の潤んだ瞳を見つめた。
「それが、これまで君を見守るばかりで、助けてやれなかった私の贖罪だ」
セシリアは少し俯き、「……オーギュストさん」と呟いた。
オーギュストは彼女を抱き寄せ、「本当に、すまない」と呟いた。
「……ねえ、このメロドラマみたいなやりとり、見てなきゃいけないワケ?」
ラキラキが嫌そうな顔をしながら、小声で俺に耳打ちした。
「いいじゃないか。この二人なら、十分絵になる」
「そうかしら」
「ああ。俺は、美しいものは嫌いじゃなくてね」
「は。相変わらず、キザなやつ」
ラキラキは呆れたように肩を竦めた。
しばらく、二人は抱き合っていた。
美男美女。
彼らはまるで、映画で見た騎士とお姫様のようだった。
Σ
「しかし、オーギュスト。お前も随分と矛盾したことを言うじゃないか」
と、俺は言った。
「矛盾?」
オーギュストはセシリアを腕の中から放して、こちらを向いた。
「そうだ。今さっき、エリザベートを刺激するなと言ったばかり。説得なんか試みたら、何をするか、分からんぞ」
「もちろんそうだ。だが、これはセシリアの問題じゃない。私とエリザベート様の問題だ。だから、私にどれだけ理不尽が降りかかろうとも、セシリアのことだけは許してもらうつもりだ」
「甘い展望だ。モンスターである俺から見ても、エリザベートはそんな物分かりのいいお嬢ちゃんには見えなかった」
「分かっている。エリザベート様の怒りを鎮め、円満にセシリアへの罰を赦してもらうには、一つしか方法はないだろう」
「エリザベートに赦してもらう方法? そんなものがあるのか」
「ああ。それは――」
と、オーギュストが言いかけた時。
突然、ブルータスが「ルルブロ」と口を挟んだ。
「なんだ。飯なら待ってくれ。今、大事な話をしているんだ」
「おい、ルルブロ」
「早くしないと、もしかするとエリザベートの使者が派兵されてくるかもしれない」
「そいつは残念だの」
「なに?」
「もう遅いようじゃ」
「は?」
俺は顔をしかめた。
一瞬、何を言っているんだと思った。
ブルータスは後頭部をさすりながら、部屋のぐるりを見回した。
それからごくりと息を吞み、
「この屋敷は、もう囲まれとる」
と、言った。
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