第26話 逃亡


 Σ


「いい加減にしなさいよ、このブス! 性悪! 乳なし!」


 ラキラキの声は玉座によく響いた。


 その場にいた全員が、突如現れたエルフにフリーズした。

 兵士も。

 文官も。

 公爵も。

 エリザベートもセシリアも。


 そしてもちろん――俺も。


「な、何奴じゃ!」


 マテオが叫んだ。


 すると、金縛りが解けたように、一斉にその場が動き出した。


 ラキラキの周りには、あっとう言う間に人間の輪ができた。

 20……いや、30人以上はいるか。

 その中には――かなりの手練れもいる。


「うるさいわね! あたしはね、こういう高飛車な女が大嫌いなのよ! どうしても一言言わなきゃ気が済まないわ――」


 この勘違い女にねっ!


 ラキラキはまるで怯んだ様子もなく、怒鳴り散らした。

 

 しまった、と思った。

 いくら“透明傘”で姿を消していると言っても、もう少し離れているべきだった。

 というより、やっぱり最初から連れてくるんじゃなかった。

 こいつは思っていたより直情型アホだった。


「き、貴様、人間ではないな。どうやってここに入った」

 

 顔を顰めて、マテオが言った。

 それから兵士たちに向かって出鱈目に指を差しながら、


「な、何をしておる! お前たち、こやつを早く斬れ――」

「ちょっと待ちなさい」


 エリザベートがマテオを遮り、兵士たちを制して、前に進み出た。


「あなた。さっき私になんて言った?」

「何度でも言ってやるわよ! ブス!」

「はぁん。なるほど。化け物の目には、この私が醜女に見えるのかしら」

「あんた、パーツは整ってるけどさ! 性格が悪すぎて、顔が歪んでんのよ!」

「は。つまり、顔の造作はあなたの方が不細工だと認めるのね」

「やかましい! この貧乳!」


 貧乳。

 この言葉に、エリザベートのこめかみに青筋が入った。


「……黙りなさい。乳無しはあなたの方でしょう」

「はん。あんたよりはあるわよ」

「ないわ。どう見ても私の方がある」

「あたし!」

「私」

「洗濯板!」

「まな板」


 二人は言いあいながら、鼻がくっつきそうなほど顔を合わせていがみ合った。


「ラキラキさん! 逃げてください」


 セシリアが叫んだ。


「ラキラキ?」


 ははーん、とエリザベートは目を細めた。


「どうやって入り込んだのかは分からないけど、どうやら知り合いみたいね。ちょうどいいわ。あんたは、セシリアと一緒にギロチンにかけてあげる。ああそうだわ。もっと良いこと思いついたわ」


 エリザベートはぺろりと上唇を舐めた。


「セシリアはあんたを始めとした化け物に憑りつかれたってことにしましょ。それですっかり狂っちゃって、そいつらと街を侵略しにきたから処刑。いいじゃない、これ。ついでに何人かモンスター捕まえて、一緒に殺しましょう。全員、死刑。死刑よ、死刑!」


 エリザベートは死刑死刑と、何かに憑りつかれているように目を爛々と輝かせて叫んだ。


「あんたたち、殺すんじゃないわよ! いたぶって、辱めて、絶望させてから殺すんだから! さあ――」


 捕まえなさい! と、エリザベートは兵士たちに命じた。


 不味いな。

 このままじゃ、ラキラキまでとっ捕まってしまう。

 俺は短い間、考えた。 


 ……しょうがねえ。

 こいつはクソ不味いから使いたくなかったんだが――


 俺は腹についている“袋”に手を突っ込んだ。

 そして中から、身体に悪そうな真っ赤な“飴”を取り出した。

 こいつは“煙幕飴スモーキングキャンディ”。

 齧ってから唾液と共に吐き出すと、その色の煙が大量に噴出されるのだ。

 非常に便利な道具だが――何しろクソ不味いのだ。


 俺はそれを口に放り込んだ。

 ガリッ、と噛むと、口中にカブトムシの糞のような味が広がった。

 相変わらずひでぇ味。


 少し咀嚼して、それからペッと床に吐き出す。

 するとひび割れたキャンディは、プシュー、という排出音をさせながら転がり、その割れ目から一気に大量の赤煙が排出された。

 その勢いは凄まじく、瞬く間に部屋中を覆い隠していった。


「な、なによこれぇ!」

「こ、公爵様! お逃げください!」

「逃げろと言ったって、まるで周りが見えんぞ! なんとかしろ!」


 セシリアたちの悲鳴にも似た怒号が響く。

 玉座は一瞬にしてパニックに陥った。


 俺は同時に出していた“千里ゴーグル”を目につけた。

 すると、完全に視界が遮られている中、俺だけは明確にどこに誰がいるのか視認できた。


 俺は兵士たちを蹴散らしながら真っすぐラキラキを回収し、そのまま咳き込むセシリアを担ぎ、さっさと玉座を出て行ったのだった。


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