第23話 オーギュスト 3


 Σ


「アイテム王? どういう意味だ」


 訝るオーギュストを尻目に、俺は“透明傘アンビジブル”を取り出し、それを差した。

 次の瞬間、オーギュストは大きく目を見開き、「き、消えた」と呟き、辺りを見回した。

 彼の視界から、俺は消えていた。


「る、ルルブロ。どこに行った」

「どこにも行っていない。目の前にいる」


 オーギュストはびくりと両肩を上げた。


「どういうことだ。声はするのに――姿が見えない」


 俺は傘を閉じた。


「こういうことだ」

「わ、分からない。説明しろ」

「この傘を差している間、この道具の領域にいる人間は視認できなくなるのさ。これを使って、セシリアには黙って、彼女の後についていく」


 オーギュストは目を見開き、口をOの字に開けて、分かりやすく驚愕した。


「そ、そんな不思議なアイテムがあるのか」

「この程度不思議でも何でもない。俺のこの“袋”には、数百に及ぶアイテムが入っている。出し入れは自由だ。収納数に制限もない。持ち放題だ」

「なに?」


 オーギュストは顔をしかめて俺の腹を見た。


「どうしてモンスターであるお前が――そんなたくさんの道具を持っているんだ」

「決まってるだろ。俺がダンジョン出身だからだよ」

「どういう意味だ」

「知らないのか?」

「何がだ」

「ダンジョンに落ちているんだよ。もしくは、“竜の口”から採取する」

「ダンジョンに? そのような貴重なものが落ちているのか」

「本当に箱入りだな、お前は。そんな立派な剣(もん)ぶら下げて、ダンジョンにも入ったことがないのか」


 俺は節のついた前肢でかぎ爪のついた指を一本立て、「いいか」と言った。


「俺には他にも、こういった道具が山ほどある。そして、そのすべてを駆使して戦えるわけだ。他にもいろいろあるぞ。ドラゴンを殺す剣。炎を防ぐ盾。攻撃力を増幅させる腕輪。持つだけで氷の刃を放てる魔法の杖。二人に分身出来る薬もあるし、惚れ薬もある。そもそも、俺とお前が話ができるのも、アイテムのおかげだ。どうだ? セシリアが俺を頼ったわけが、少しは分かっただろう」


 オーギュストは額に玉のような汗を浮かべた。

 ごくり、と喉を鳴らす。


「な――なんてチートな奴だ」

 オーギュストは半ば呆れたように言った。

「どうやら、確かにお前なら“ヒュンドル”にも勝てる」

「そういうことだ」


 オーギュストは汗をぐいと拭い、それから少し笑った。

 この場面で彼が笑うのは、少し意外だった。


「どうした。なにか変か」

「ああ。お前は変だよ、ルルブロ」

「まあな。俺のようなアイテムを集めて使役するような化け物は、ダンジョンでも見たことがない」

「そうじゃない。私はお前のその性格のことを言っているんだ」

「性格?」


 俺は首を傾げた。

 そうだよ、とオーギュストは言った。


「私はたった今、気が付いた。お前と話していると、どうも奇妙な違和感があったのだ」

「違和感?」

「そう、違和感だ」


 オーギュストは俺に近づいた。

 とても不用意に歩み寄り、手を差し出した。


「……何の真似だ」


 と、俺は言った。


「握手だよ。今日はセシリアの事、よろしく頼む」

「ふん。別にあんたのためじゃないぞ」

「分かってる。セシリアのためだろ?」


 オーギュストは口の端を上げた。

 俺は目線を外し、「別に、そういうわけでもない」と言った。


「じゃあ、なんだ。どうしてセシリアのことを気に掛ける」

「ただの好奇心だ」

「好奇心、か。なるほどな」


 オーギュストはそこで俺の肢を握り、強引に握手した。


「私の感じていた“違和感”の正体はそこだよ、ルルブロ」

「なんだよ。意味が分からないぞ」

「つまり、お前はとてもんだ」


 ドキリとした。

 この野郎。

 いきなり、何を言いやがる。


「馬鹿野郎。そんなことあるはずないだろう。俺の姿を見てから言え」


 俺はオーギュストの手を振りほどいた。

 オーギュストは、くすりと笑った。


「たしかに見た目は人間じゃあない。だが、お前はとても好奇心旺盛だ。人間の社会や背景にとても興味を持っている。心があるし、機微がある。有り体に言うなら、優しいのだ。だから――とても話しやすい。セシリアが心を開くのもよく分かる」

「そんなんじゃない」

「その照れているような言動も、いかにも人間だ」

「てめえ」


 俺はオーギュストの胸倉を掴んだ。


「あまり調子に乗るな」

「悪い悪い」


 オーギュストは肩を竦めた。


「ルルブロは、人間らしいと言われるのは嫌なんだな」


 少し咳き込みながら、オーギュストは苦笑した。


 俺は肢を離した。

 この野郎。

 痛いとこを突いてくる。


「城から帰ってきたら、もう一度会おう」


 と、オーギュストは言った。


「いいだろう」


 俺は頷いた。


「だが一つ、条件がある」

「条件だと」

「オーギュスト。お前も、勇気を出すんだ」

「勇気?」

「そうだ。セシリアを、愛しているんだろう」


 俺の言葉に、オーギュストは刹那、表情を強張らせた。

 そして、少し沈黙し、やがて口を開いた。


「分かった。ようやく、私にも覚悟が持てた。一緒に、セシリアのために生きる」


 その時。

 優男の顔が男の表情に変わるのを、確かに見た。

 

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