第22話 オーギュスト2


 Σ


「私とセシリアが出会ったのはまだ私たちが初等学校エレメンタリースクールへ通っているころだった。その頃はまだこの国の領主はグエン様で、ルートヴィヒ家に対する世間の態度もそれほど悪くなかった。私たちは同じクラスですぐに仲良くなった。今思えば一目惚れだった。なんと美しい女の子だと思った。ただ、その頃から、私はすでに両親からルートヴィヒ家の長女であるセシリアとは遊ぶなと釘を刺されていた。私の父はセシリアの父上、リーベルト=ルートヴィヒ殿を毛嫌いしていた。他所から移り住んで来て、いきなり役職についたのだからな。同じく公職に就いていた父からすれば、ライバルようなものだった。今になれば、私も、父の気持ちが少しは分かる」


 オーギュストはそこで言葉を止め、外壁に黒カビの浮いたセシリアの邸宅を仰ぎ見た。


「しかし、当時の私は納得ができなかった。どうしてセシリアと仲良くさせてくれないのだと毎日考えていた。そして、そう言った障害があるほど、逆に私は彼女と親密になりたいと感じるようになった。私は両親や世間に隠れて逢瀬を重ねるようになった。もちろん、まだ私たちは子供だった。恋人なんて呼べるような関係ではなかった。だが、将来、私はこの娘と駆け落ちしてどこか別の国へ行くのだろうなと、ぼんやり考えていた」


 彼は首を振り、今度は城のある方角へと目をやった。


「そしてある日、今度は領主様がグエン様からラティス様へと変わった。私たちは初等学校エレメンタリースクールから中等教育学校パブリックスクールへと上がった。すると、私たちの関係もまた変化した。セシリアが、私を避けるようになったのだ。その頃、市井の人間はルートヴィヒ家に対してとても辛くあたっていた。その禍が私にも及ばぬよう、もう会わぬほうがいいと言ってきたのだ。私は悲しんだ。そして、その頃だ。学校に“彼女”がやってきた」

「彼女?」


 俺は少し首を捻った。

 するとオーギュストはやや声を落とし、「エリザベート様だ」と言った。


「ラティス公の長女は、私たちと同級生だった。彼女はとても尊大で態度が横柄で、いかにも公爵の娘という感じだった。だが、どういうわけか、セシリアにはとても優しかったんだ。他のクラスメイトがセシリアをいじめたり無視したりすることに対しても、義憤を感じて咎めていた。だから、セシリアへのイジメは一時期止んだ。私はエリザベート様に感謝したよ。なんと素晴らしい人格者だと、ね。そうして、私とセシリア、そしてエリザベート様はすぐに意気投合し、仲良くなった。そこには確かな友情関係があった。だが――」


 その平穏も長く続かなかった。


 オーギュストはそこで言葉を止め、短く首を振った。


「何があったんだ」


 と、俺は聞いた。


「……私が悪いのだ」


 オーギュストは絞り出すような声で答えた。


「私はエリザベート様にすっかり心を許し、信頼さえ置いていた。だからある日、私は彼女に、セシリアへの恋心を打ち明けたのだ。すると――その数日後から、エリザベート様の態度は一変した。セシリアを再び疎外し、辛く当たるようになったのだ」

「はあ、なるほどな」


 俺は短く数度、頷いた。


「つまりは色恋沙汰か。エリザベートは、オーギュスト、お前のことが好きだったんだな」


 オーギュストはため息を吐くように「そうなのだ」と言った。


「エリザベート様は、私に恋心を抱いていたのだ。しかし私はセシリアに夢中で、そのことに気付けなかった。だから、一番相談してはいけない人間に、私は恋の悩みを打ち明けてしまったのだ。その日からセシリアに対するエリザベート様の態度はいよいよ酷くなっていき、それに比例して、市井のルートヴィヒ家に対する差別も大きくなっていった」


 オーギュストは唇を噛み、俯いた。


「つまり、セシリア母娘の苦悩の発端は私にあるのだ。それなのに――それなのに私は」


 声が震えていた。

 泣き出さんばかりの表情で、心の底から悔恨しているのが分かった。


 なるほど。

 この男がセシリアをこうして見守っているのは、何も恋慕の情だけではなかったわけか。


「オーギュスト」


 と、俺は言った。

 この男に、言わなければならぬことがあった。

 

「オーギュスト。セシリアは、ヒュンドル討伐を断る、と言っている」

「な、なんだと?」


 オーギュストは顔を上げた。

 目を真ん丸に開け、驚きの表情を浮かべている。


「それはどういうことだ。そんなことをしたら、彼女たちはこの地で生きていけない」

「イザベラの病気が良くなったんだ。だからもう、領主の命令を聞く必要もないと」

「馬鹿な!」


 オーギュストは声を大きくした。


「ラティス公は――エリザベート様は、そんなに甘い御人ではない。領主の命令に背くことは、御家の取り潰しの口実を与えるようなものだ。きっと――これまで以上に無茶なことを言って来る」

「俺も何度も確認したんだがな。決意は固いようだ」

「なんてことだ」


 オーギュストは髪をくしゃりと掴んだ。


「……どうやらお前の言う通りのようだ、ルルブロ。セシリアは、もう限界だったのかもしれない。それは肉体的なことではなく、精神がもう駄目になっていた。彼女は――自暴自棄になっているのだ」

「自暴自棄?」

「そうだ。そうとしか……考えられない」

「どうかな」


 俺は短く首を振った。


「俺には、セシリアがそんな単純な女性にも思えなかったが」

「では、どういう理由が――」

「俺にも分からない。だからとりあえず、それを確かめに行ってみようと思う」

「確かめる? 一体、どうやって」

「どうもこうもない。セシリアについて行き、直接エリザベートとセシリアの謁見をこの目で見てくる」

「何を言っているんだ、ルルブロ」


 オーギュストは首を捻った。


「モンスターのお前が、城に出入りしようというのか?」

「そうだ」

「そんな――一体、どうやって」

「どうやって? そりゃあ愚問だな」


 オーギュストはいよいよ理解できぬというように顔をしかめた。

 俺は自らの腹の中央にある“袋”に手を入れ、こういった。


「俺はルルブロ。アイテム王だ」


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