番外編その23 衣織の恋心

 やばい……音楽のことを考えたら鳴のことしか出てこないし、それ以外のことを考えても鳴のことしか出てこない。

 寝ても覚めても鳴のことばっかり考えてしまう。

 何だろうこれは——この気持ちは。


「それは恋じゃないの?」

 

 結衣に話したら恋だと言われた。


「でも、まだ出会ったばかりだよ? あんなになよっちいんだよ?」

「まあ、確かになよっちいけどね……でもギターは凄いじゃん」

「うん……凄かった。プロ級だった」

「耳の肥えた衣織の言われるんだから、本物なんでだろうね」


 確かに彼のギターは本物だ。パパの音楽仲間のギタリストと比べても、なんの遜色もない。むしろ音色は鳴の方が魅力的だ。


「でもさ……ギターが凄いから気になってるのかなって」

「あーっ、それを気にしてるのね」

「うん……」


 鳴のことで胸がいっぱいになってるのは事実だけど、それを恋として認められないのはギターが凄いから気になっているのか。それを抜きにして気になっているのか。その判断がつかないからだ。


「ていうか、そんなのどっちでも良くない?」

「え……なんで?」

「だって、分けて考えられるような問題じゃないでしょ?」

「どう言う意味?」

「ギターが凄いのも彼でしょ? それは彼が今までギターに真摯に向き合って来た結果でしょ? どっちも彼じゃん。別にギターが凄いから好きでも良いんじゃない?」


 お……おう。

 これは私に無かった発想だ。


「じゃぁ、彼がギターを辞めて別れるのは?」

「ありなんじゃない? それで別れたいと思うのなら」

「結衣ってなんか……達観してるね」

「そんな事ないよ、衣織が気にし過ぎなだけだって」

「そうかな……」

「そうだよ、だって性格とか顔もその人の特徴なわけじゃん。スキルだってそれと一緒だよ?」


 凄いな結衣……そんなふうに考える事ができるんだ。


「難しく考えるより、自分の気持ちに素直になった方がきっと正解だよ。でないと後悔するよ?」


 自分の気持ちに素直にか——そうね……私は自分の気持ちに蓋をしたくない。


 ——でも。


「まだ、出会ったばかりなのに好きになるってさ……どう思う?」

「衣織……あんた案外めんどくさいんだね」

「えーっ! 酷い!」

「酷くない! だってそれも含めて素直な気持ちってやつでしょ?」

「あ……」

「『あ』じゃないよ……だから難しく考えずに素直になればいいんだって」

「……そうだよね」


 結衣の言葉のひとつひとつが胸に刺さった。

 私が気にしていたのは、いわゆる体面だ。


 表現者が体面なんて気にしてどうする!


 ***

 

 意気込んでは見たもの——結局私が鳴に告白できたのは、もう少し先の話だった。

 それは体面云々ではなく私がチキンだったからだ。


 

 ————————


 【あとがき】

 結衣なくして衣織と鳴の関係は無かったかも!?


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