第171話 鳴の男らしさアピール
部室では、女装を撮りたいという鳥坂さんと女装が嫌だという僕の押し問答が続いていた。はじめてのミュージック・ビデオが女装だなんて……流石の僕でも譲れない。
「でもボクは女装が撮りたい!」
「僕はいやですよ……」
みんな僕と鳥坂さんの押し問答をニヤニヤしながら見ていた。完全に他人事だ。
——今にして思えば、はじめてのライブも女装だった。
あの頃はまだ、衣織と2人だったからアイドルユニットだなんて呼ばれていた。
音楽にはエンターテイメントとしての側面がある。
ぶっちゃけオーディエンスが喜んでくれるのなら、女装でも全然ありだと思っていた。
だから、これまではそのことについて積極的に否定はしなかった。
でもミュージック・ビデオとなると話しは別だ。
ライブはまだその場のノリで済まされるかもしれないが、ミュージック・ビデオは完全な作品だ。作品に女性として出演してしまったら……某バンドのボーカルのように、今後僕はメイクをやめられなくなるかもしれない。
そうなると大惨事だ。
しかも鳥坂さんは完成したミュージック・ビデオを動画投稿サイトに掲載する予定という。
女装でワールドデビュー。
絶対避けなければならない。
「ねえ、そろそろ練習したいし、このままじゃラチがあかないわ。ここはひとつ、鳴と鳥坂で勝負でもしたら?」
「「勝負?」」
「そう、簡単なルールよ。鳥坂が鳴に男らしさを感じたら女装は無し、でも逆に男らしさを感じなければ女装で撮影。どうかしら?」
え、その条件ってジャッジを下すのが鳥坂さんだから、圧倒的に僕が不利じゃない?
不安な表情を浮かべる僕に衣織が耳打ちした。
「絶対大丈夫」と……。
衣織のことを疑うわけではないが、不安で仕方がない。
「ボクはその条件のみます!」
そりゃそうだろうね……鳥坂さんに有利だもん。でも確かにこのままじゃラチがあかない……衣織を信じよう。
「分かりました。……僕もその条件でいいです」
衣織の提案で勝負が始まった。
「じゃぁ、練習練習! いつも通り織りなす音からね」
結衣さんの仕切りで練習が始まった。
そして、鳥坂さんと僕の勝負はあっという間に決着がついた。
「音無くん……やっぱり女装は無しで……」
『『え!』』
Air Ashのメンバーは驚いていたが、織りなす音とすっぴんのメンバーはさも当然って顔だった。
「ね! 言ったでしょ」
本当に衣織の言った通りだった。
女装は無くなったけど……その後も僕たちの練習を見学していた鳥坂さんの目が怖かった。
————————
【あとがき】
また出ました鳴の無自覚!とにかく女装回避です!
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