第158話 凛と愛夏とアン

 僕の隣にアンが座っていて、正面に愛夏が……そしてその隣に凛がいる。


 まあ凛はいい。


 でも、愛夏とアンが同じ空間にいるってのは僕的にとっては事件だ。


 だって僕は、アンに負けたから愛夏と付き合いはじめたと言っても過言ではないからだ。


 相変わらず変な空気がリビングを支配している。後ろめたいことは何一つないのに妙にそわそわしてしまう。僕の日頃の行いが悪いのだろうか。


「アン紹介するよ、彼女は愛夏。僕の幼馴染でクラスメイトなんだ」


「兄貴の元カノな」


 な……なんてことを!


 今のひと言でアンが座る距離を詰めた。


「愛夏、彼女はアン・メイヤー名前ぐらい聞いたことないかな? 世界的に有名なギタリストで日本にいる間、父さんのレッスンを受けてるんだ」


「で、兄貴がアンに夜のレッスン受けてるんだよな」


 な……なんてことを!


「やだ凛ったら」


 なに乗っかってるの! アン!


 愛夏にジト目で睨まれた。

 

「最近、鳴は凄くモテるのよね。大阪でも大活躍で2人の女の子にフラグ立ててきたんだよね」


 愛夏の笑顔が怖い……つか凛! なに余計なことまでしゃべってんだ! 


「そうなの鳴?」


 アンの笑顔が怖い……なに、この威圧感!


「そんなことないよ……だって結構パツパツのスケジュールだったし」


「衣織さんと抜け駆けでデートする時間はあったのにな」


「「ふーん」」


 2人の笑顔が怖いです。


 何かないか……何か話題を変えないと、プレッシャーに押しつぶされそうだ。


「あ、そういえばアコギの音してたけど」


「そうなの、私アコギはじめたの、で、凛に教えてもらってたのよ」


 うまく話題をすり替える事ができた。


「そうなんだ、なんでまた?」


「衣織さんとルナの弾き語りを聴いて……なんか良いなって思って……私もやりたくなっちゃった」


 ル……ルナ……凄く微妙な気分だ。


 人に影響を与えるってのは尊いことなのだけれど……。


 元カノが女装した元カレに影響を受けて何かを始める。


 素直に喜べない。


「そうなんだ……」


「弾き語りをしたいの、上達したら鳴にも聴かせてあげるね」


 屈託のない笑顔で話す愛夏。


 愛夏が笑顔であればあるほど、女装していた僕としては微妙な気持ちになる。


「つか、弾き語りは今でも中々だったぜ、せっかくだから聴かせてやれよ」


「おー凛がそう言うなら私も聴いてみたい」


 僕も興味がある。


「お願いしてもいい?」



 ——愛夏は僕やアンの前でギターを披露するのを恥ずかしがっていたが、凛の強引な説得で渋々ながら弾き語りをはじめた。


 ギターはお世辞にも上手いとはいえないが、丁寧でやさしい愛夏らしい演奏だった。




 そして愛夏の歌声は……ヤバかった。


 衣織や木村さんのように力強さや伸びはない。


 華も感じられない。


 でも、その儚げな歌声に僕は吸い寄せられ……。




 心をうたれた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る