第129話 緊張の朝

 衣織に慰められてなんとなく元気を取り戻した僕。


 愛夏のことが気にならないといえば嘘になるが、あの時の愛夏の気持ちを汲み、立ち止まらず、しっかり前に進むと決意した。


 話は変わって今日は登校日。


 朝からとても緊張している。


 と言うのも今日の放課後『織りなす音』としてファーストライブを行うことが決まったからだ。


 例のごとくアコースティック形式でのゲリラライブだ。時枝はアコースティックベース、穂奈美はカホンを使う。


 緊張の理由は『織りなす音』としてのファーストライブということもあるが、音無鳴として多くの人前でプレイするのが凄く久しぶりだからだ。


 これまでのライブは全てルナとしてやってきた。女装はある意味別人になることだ。女装の恥ずかしさはあっても、鳴としての気恥ずかしさや緊張感はない。


 まあ、なんというか僕の中ではルナは別人なのだ。


 唯一の気楽要素は、ライブそのものが目的ではなくチラシを配ることが目的なことだ。

『すっぴん』と『Air Ash』で争う、軽音フェス出場選抜ライブの告知ライブなのだ。




 ——「おはよう衣織」「衣織さんおはようございます』


「おはよう鳴、凛ちゃん」


「あれ、凛ちゃん髪型変えたんだ! すごく可愛い!」


「う……うん、ありがとう」


 髪型を褒められて嬉しそうに照れる凛。ルナのイメージと被るのが嫌らしく、思い切ってショートボブにしたのだ。双子の兄が言うのもなんだけど、外ハネアレンジが可愛くてとても似合っている。

 

「衣織さん、師匠、凛おっはよう!」「おはようございます」


 ハーレム登校は周りの目が気になるので色々頑張ってみたのだが『1分1秒も無駄にしたくない』という時枝の熱意にゴリ押され結局回避できなかった。


 1分1秒も無駄にしたくないなら、無駄に長い話をどうにかした方がいいと思うのが、皆んな楽しそうなので、水を差すような発言は避けている。



「師匠! 穂奈美のおっぱいの事は黙っといてやるから、今日は気合いの入ったプレイたのむよ!」


『『えっ……』』


 真夏なのに時枝の一言で空気が凍りついた。


 『おっぱい』と『プレイ』このパワーワードに周囲も騒つく。


 最悪だ……。


「鳴」「兄貴」


「「どういうこと?」」


 衣織と凛の引きつった笑顔が超怖い。朝っぱらからなんてことをしてくれるんだ……天然にもほどがある。


「衣織さん、凛、違うよ! 別に師匠が舐めたくて穂奈美のおっぱいを舐めたわけじゃなくて……って……あれ?」


『おっぱい』と『舐めた』このパワーワードに周囲も騒つく。


 取り繕えば取り繕うほど深みにはまる時枝……もう黙っていてほしい。


「鳴……詳しく聞かせてもらえるかな?」


 こんなに怖い衣織……はじめてだ。


「は……はい」


 穂奈美が話に割って入ってくれて事なきを得たが、朝からおっぱいおっぱいと時枝が連呼するものだから必要以上に周りの注目を集めてしまった。


 僕の高校生活に新たな黒歴史が刻まれたかもしれない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る