第77話 凛の気持ち

 兄貴にギターを教える。兄貴にギターを教えるだと!


 正直胸が高鳴った。


 凛は兄貴に憧れてギターをはじめた。


 父ちゃんがプロギタリストだってことは知っていたが、ピンと来ていなかった。凛たちが生まれた時からプロギタリストだったわけだから、それが特別だと感じることもなく、当たり前に受け入れていた。


 それに父ちゃんは、凛たちにギターをやって欲しくないと言っていた。だから余計に関心を抱かなかったのかもしれない。


 でも、兄貴は違った。小さな頃から『父ちゃんのようになりたい』って夢を持っていた。


 最初はあまり遊んでくれなくなり、つまんないやつになっちゃったな程度に思っていた。


 でもある時、兄貴の演奏を聴いて凛の価値観は変わった。


 兄貴の演奏は凛の心をうった。とても子どもがやっているとは思えない洗練されたギタープレイ。瞬く間に兄貴は凛のヒーローになった。


 凛は兄貴みたいになりたくて、ギターをはじめた。凛もメキメキ上達したけど、それでも兄貴の背中は遠かった。


 父ちゃんと同じくコンテストを総なめにしていく兄貴。本当に自慢の兄貴だった。


 それだけにアン・メイヤーに兄貴が負けたことはショックだった。


 もしかしたら兄貴より凛の方が泣いたかもしれない。


 さらに実力をつけて一緒にリベンジと思っていたが、兄貴は心が折れてしまった。裏切られたような気分になった。


 勝手に兄貴に憧れて勝手にギターをはじめたのは凛だ。兄貴を責める筋合いはない。でも許せなかった。不甲斐ない兄貴が。凛の憧れた兄貴を返せと思った。


 そこからは兄貴に対して、まともに接することができなくなった。もちろん兄貴のことは嫌いじゃない。むしろ好きだ。好きだからこそ兄貴に腹が立って、兄貴と一緒にいるだけでイライラした。


 凛は兄貴とアンを見返すため、父ちゃんとアメリカに渡った。


 日本に帰ってくるまでは、兄貴を超える実力をつけ、アン・メイヤーともいい勝負ができるんじゃないかと思っていた。


 でも凛の考えはあまかった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る