第75話 鳴の挫折

「鳴、分かっているとは思うが、ギターを続ける以上、彼女のことは避けられないぞ?」


「うん、分かってる」



 ——彼女とは僕がギターを挫折するきっかけになったギタリスト。


 アン・メイヤーのことだ。


 彼女は卓越したテクニックとセンスを併せ持つ完璧なギターヒロイン。


 今では世界一美しい旋律を奏でる、世界一美しいギタリストと評されている。

 

 彼女は幼少期から父親とギターユニットを組み、マヌーシュ・ジャズ、フラメンコのプロとして活躍していた。僕と出会った頃には既に有望若手ギタリストとして名を馳せていた。


 当時の僕は友達や周囲の大人からチヤホヤされ、完全に自分を見失っていた。


 数々のコンクールを総なめにした天才ギタリスト音無仁の息子。


 その肩書きに負けることなく、僕自身も国内のコンクールを総なめにし、増長の一途をたどっていた。



 そんな時に彼女と海外のギターコンクールで出会った。



 同じようにチヤホヤされている彼女のことが、僕は気に食わなかった。


 当然コンクールでは僕が優勝し、彼女がチヤホヤされているのもそこまでだと思っていた。




 だが結果は惨敗だった。




 結果に納得がいかなかった僕は彼女にギターバトルを挑んだ。



 そこで僕は実力の差を見せつけられた。



 純粋なテクニックだけなら僕の方が上だったかもしれない。


 でも、僕の演奏は彼女の演奏と比べると、とても薄っぺらかった。


 僕は完全に自信を失った。


 なまじ実力があったせいで、彼女の真の実力を思い知ることとなった。


 それから僕はギターを弾くことが怖くなった。


 彼女との対決がフラッシュバックし、いつしかギターを手に取ることすら拒絶するようになった。



 凛はテクニックは負けてない、彼女がプロとして活動していた経験の差が出ただけだと励ましてくれた。


 僕は凛の期待に応えようと頑張ったつもりだった。


 でも、現実は厳しかった。


 僕の惨敗を受けて、あんなにもチヤホヤしていた友達や周囲の大人たちは、僕の元を去っていった。


 僕は道化だったと気づいた。


 だが全て遅かった……僕は、次第に塞ぎ込むようになっていった。


 そして、ついにはギターをやめた。


 ギターをやっていなければ、こんな気持ちに、なることはなかった。


 僕はギタリストの道へ進んだことを後悔した。


 


 

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