3-4 稼働世界、遠き世界へ

「行くぞ!」

ハイネルが竜に向かって駆け出す。カテラは後方で鉄を掃射状態に変形させていた。

「赤はとにかく硬い!狙うなら目とか隙間を狙って!」

「分かっている!」

ハイネルは足に力を込め、高く高く跳躍した。獣人だからこそ出来る芸当だ。

フリーになった空間にカテラの鉄が火を噴いた。発射された弾丸は竜の顔付近に着弾した。しかし、あまり効果は無い様で、竜はますます怒りを溜め込みカテラに向かっていこうとしたとき、ハイネルの長槍が上から超速度で飛んできて竜の目に突き刺さった。竜はその場で地団駄を踏み、翼を広げ咆哮を轟かせる。

その直後、上から降ってきたハイネルが、長槍を押し込むように蹴りつけた。長槍はさらに竜の内部へと入り込み、竜はますます、暴れまわる。

ハイネルは長槍を掴むと勢いよく引き抜いた。赤い血が、ハイネルの鎧に飛び散る。

「カートリッジ…!ハイネル!避けろ!」

徹甲弾を装填したカテラが迷わず引き金を引く。鋭い速度で撃ちだされた徹甲弾は竜の頭に直撃した。その時、竜の体が映像のようにブレた。

「こいつ…本体じゃない?まさか!…ゼル!」

その声にゼルは咄嗟にセリの首根っこを掴むと、後ろに跳んだ。

今までゼル達が居た位置に、鋭い爪が振り下ろされる。地面が歪な形に抉れ、霧が晴れるかのように、そこに竜が出現した。目には先ほどハイネルがつけた傷がある。

「こいつ…魔獣の癖に転移術を使えるのか?それとも別の誰かが…!」

カテラは苦虫を嚙みつぶしたような顔をした。ハイネルは、既に竜に向かって走り出している。

「セリ、下がっていろ。躾のなってないケモノにはお仕置きが必要だ」

ゼルが構えをとり、竜の前に躍り出る。腕には先日カテラが買ってきた手甲と足甲を装着している。

竜からしてみればゼルなどは脅威ではないと思ったのだろう。ニヤリと笑うようなしぐさをして、大口を開く。

幾本もの牙がゼルに迫った時、ゼルは自身の持てる全ての力を込めて、竜の頬を殴りつけた。竜はぐらりと揺れ、真横に倒れ込んだ。目を白黒させ、起こった事態に驚いているようにも見える。

そのまま倒れ込んだ竜に静かに近づいたゼルは、さらに竜の顎を蹴り上げた。

巨大な竜はいとも簡単に転がされ、驚愕の表情を見せ、何とか立ち上がると、空に逃げようと翼を広げた。

その時、真横から飛来した長槍が片側の二枚羽に突き刺さった。

「逃がすと思っているのか?私が」

ハイネルが長槍を掴み、力一杯、横に薙ぐ。竜の翼がびりびりと破ける様にちぎれ、竜は悲鳴を上げる。ハイネルはそのまま長槍を振り回し、竜のもう片方の目に一撃をお見舞いした。両目ともに潰された竜は大地を転がり、最後の足掻きを見せる。

「これで、終わりだ!」

ハイネルが竜の鎧のような甲殻の隙間を縫い、心臓部に槍を突き刺す。

竜は一声吠えたのち、動かなくなった。

「今度は偽物じゃないね…」

カテラが鉄を背負い、竜に近づく。ハイネルがは長槍の血を振り払ってから、深く息を吐いた。

「なぜ四元種が、こんな場所に出たんだ?遺跡もなければ、町もない。我々を襲う意味がない」

「転移術を使えたのも謎だ。一度きりとはいえ、竜にそこまでの知能と技術はないはずだ。「龍」でなければの話だが」

「龍なんて本当に存在しているのか?おとぎ話の類だろう?」

ハイネルがカテラに尋ねた。

「龍は存在している。彼らは人語を理解する頭がある。少なくとも一層には二匹いた」

「信じられんが、見た者がいる以上、真実なのだろうな」

「それより、ここを離れよう。運が悪ければ、私たちが受けた依頼そのものが消えている可能性がある」


竜の傍で話す四人を大分遠くから見ていたものがいた。プラグが付いたローブを羽織った少年。

「あーあ、改造した竜でも駄目かぁ…獣人の人間もどきが加わったせいかな?次はもっと残虐に行かないと無理っぽいなぁ…」

薄笑いを浮かべ、セリを見た。

「せっかく仲間が来たんだもの。このくらいの余興は許してくれるでしょ?ねえ、ココノエ」

「実際に会った時、彼がどういう顔をするか楽しみだ…!覚えていてくれるかなぁ?」

言うが早いか、少年は別の場所へと転移した。


「どうしたのカテラ?」

カテラがはるか遠くを見つめていた。

「いや、何でもない。気のせいだと良いんだけど…」

「軌道列車が来たぞ。乗り遅れたら次は数時間待ちだ、急げ」

ハイネルに急かされ、軌道列車に乗り込む。相変わらず人のいない列車の中で、来た時のように四人向き合い座った。

「これからどうする。依頼の確認が終わったら、次は何をする?」

ゼルの問いにカテラはため息をつきながら答えた。

「いっそのこと中央省にそのまま行ってもいいかもね。私やハイネルの地位があれば、無理も多少は効くでしょ」

またクラウトが小さい状態で現れた。

「一つ思ったんだが…いいか?」

「どうぞ」

「この第二層は時間の流れもおかしいと思う。皆は気にしなかったか?それに一層に比べて魔獣の質も上だ」

「どういう意味かと言えば、この層、この世界は調整されているんだ。一層は人が余裕を持って暮らせるようになっていたが、この世界はギリギリで調節されている。ギルドの依頼もほとんどが討伐依頼だった」

「前に来たときは一層よりも暮らしやすい世界だったはずだ。中央省が正常に働き、魔獣の出現も少なかったはずだ」

「じゃあ、誰か、いや、その悪い守護人殻が私たちの足止めを行ってるってこと?」

「そうだ。だから直接確かめに行こう。管理者レダに会いに」

「どうやって行く?私たちのランクは無効状態なのに」

「守護人殻と言えど勝手に管理者の妨害は出来ない。そこを突く」

「分かりやすく言って」

「中央の上層部、第二管理区画、エネルギー供給施設アンハナに向かう。俺のIDコードを使ってな」

「クラウトの?」

「ああ。安心してくれ、偽装コードじゃない。正真正銘本物だ」

「クラウト、あんた本当に何者なの?」

「さっきも言ったろ、お節介焼の幽霊さ。中央に戻ったら軌道エレベーターに向かってくれ。乗ったらあとは俺がどうにかする」

「どうにかって?」

「ともかくだ、軌道エレベーターに行ってくれ。俺は準備がある」

そう言うとクラウトは端末の中へ戻ってしまった。

向かい合わせの四人はそれぞれ別の方向を向きながら小さくため息をついた。


軌道列車が無事に中央都市にたどり着き、依頼完了の報告をギルドで済ませ、クラウトのいう通り、軌道エレベーターに向かった。中央省の後ろ側にある、巨大なエレベーター。広さが凄まじく一度に千人近くは乗れるほど広い。ただし、カテラによると、ここ数年は使われていないらしく、透明な壁が周りを覆っていた。

「着いたぞクラウト。ここからはあんたの出番だ」

端末からクラウトが通常の背格好で現れた。遠くから見れば映像とは思えないほどくっきりとしている。

「セリ、端末を壁に近づけてくれ」

言われた通り端末を壁に近づけると、空中に幾分もの文字が浮かび、壁が一部消えた。

「今の内だ、入ってくれ」

促されるまま軌道エレベーターに乗り込む。どこかのホールなんじゃないかと思うほど広い部屋の真ん中に端末が浮いていた。クラウトがそれを操作すると、エレベーターがゆっくりと動き出した。

「これでいい。アンハナには数十分で着くから、それまで用意を…」

「久しぶりだな、クラウト、ハイネル」

不意に後ろから声が聞こえ皆が振り返る。そこには何人かの騎兵と、その中心に白い髪の男が立っていた。

「敵?じゃぁなさそうだね」

いつの間にか雷電銃を抜いていたカテラが銃口を降ろす。

「安心したまえ、白兎の弟子。私は守護人殻だが、管理者でもあるんだ。こんな場所で戦闘などしないさ」

「師匠の事もお見通しか…」

「君の背中の大砲に見覚えがあったのでね。それに…」

男はセリの方を見て目を細める。

「まさかまさか、こんな所で出会うとは。私を覚えているかい?〇〇」

男は確かにセリを呼んだ。だが誰もその名前を聞き取ることが出来なかった。

「阻害のコードか…まあいい。改めて自己紹介しよう。私はレダ。この第二層の守護人殻兼、管理者。今のところは君たちの味方だ。ヨロシク頼むよ」

胡散臭い笑顔でにこやかに喋るレダを見ても、セリは不思議と嫌悪感はわかなかった。むしろどこか懐かしい気さえしていた。記憶上は初対面のはずなのに。

「ところでクラウト。君の自慢の人殻はどうした?」

「奴に壊された。彼女も死んだよ」

「…そうか。悪いことを聞いたな」

「構わない。どうせいつかは話さなければいけないことだ」

「……君たちの目的は中央省へのアクセスかい?」

「そうだ。この子を届けなければいけないんでね」

カテラが一歩前に出てセリを指さした。

「残念な知らせだが、今は中央省どころか、この階層からは出られないし入れない」

「別の守護人殻のせいか?」

「そうだ。全く好き勝手にやってくれる。私はこの手の届く範囲しか、守れなかった」

「守れたのはアンハナとエゼルだけか?」

クラウトがレダに問う。

「…そうだな。管理者が聞いてあきれるだろう。しかもそいつがいるのはエゼルの中だ。私では手が出せなくてね…」

「そいつを倒せれば、上層に行けるのか?」

「この層全体にリセットをかけることにはなるが、倒せれば可能だろう」

「なら俺たちが行く」

「「!?」」

クラウトの発言に皆の視線が一致する。

「どうやってだ!相手は電子データなんだろう」

「ちょうどここには人殻と幽体と電子体がいる。その三人でエゼルにアクセスすれば行けるだろう」

「正気かクラウト?」

「どうせ俺たちにはほかに選択肢がない。霊子変換出来るのはこの三人しかいない」

セリは頭が混乱してきた。置いてけぼりをくらいすぎているからだ。

「その三人ってまさか…」

「俺とセリとニライだ。ちょうど俺はエゼルに用事があるし丁度良いだろう」

「クラウト、エゼルっていうのはなんのこと?」

カテラがクラウトに問う。

「上層に浮かぶ四角い箱、霊子記憶領域エゼルサーバー。通称エゼル。別名、蒼天の青空」

蒼天の青空、旅人が言っていた名前が出てきた。クラウトの探し物がある場所だ。

エレベーターから見える透き通った青の箱がそうなのだろう。

「どうするレダ。俺たちを送って問題解決を図るか、それともこのまま乗っ取られたままで過ごすのか?」

「分かった。アンハナに着いたら君たちをエゼルに送ろう。時間の流れが違いすぎるから注意だけはしてくれ」

「ここでの会話は聞かれていないの?」

「この空間は私の支配域だから盗聴は不可能だ」

「エゼルとこことは時間の流れが違うといったわね。どういう意味?」

「エゼルは幻霊子データの奔流だ。それ故、時間が止まっている。平和だったころの時間でね。正確にはループしている」

「平和?」

「そう。この世界よりずっと平和だった世界で、だ…。と、そろそろアンハナに到着だ。降りる準備をしてくれ」


軌道エレベーターが静かに止まり、扉が開く。地面は透明になっていて、下の中央省や、中央都市が良く見える。レダを先頭に道を進んでいくと、幾重にも閉鎖された扉が現れた。

「ここがアンハナの入り口だ。私の家でもある。ようこそ、とでも言っておこうか」

レダが扉に触れると、幾つもの鍵が解除されていき、扉が開いた。

思ったより内部の構造は複雑ではない。むしろ簡素すぎるくらいだ。どちらかと言えば牢獄のような場所だった。

小さな椅子とテーブル。ベッドが二つあり、一つのベッドには一人の少女が眠っていた。

「再生人殻か…お前にそんな趣味があったとはな」

「勘違いしないでくれクラウト。アレは私の娘だ」

「娘!?なんで守護人殻に娘なんかがいるの?!」

カテラがレダに詰め寄る。

「静かに。スズナが起きてしまう。少し説明が必要だね。守護人殻の元は再生人殻と同じく人間だ。あの子は私の娘を再生人殻として蘇らせたものだよ」

「再生人殻に娘の魂を融合させたのか?どちらにせよ悪趣味だな。人間は人間として死なせてやるべきだ」

クラウトはどこか悲しそうな目で少女型の人殻を見ている。

「そう、これは私のエゴだよ。娘の死を認められなかった私の…」

「レダ、お前の身の上話はもういい。早く俺たちをエゼルに送れ」

「そう急かすな。分かっている」

ギィィン

と不思議な摩擦音のようなモノが聞こえ、セリの体とニライとクラウトの入った端末を円形の文字列が覆う。指先からの感覚が無くなっていく。と、いうより、指先、足先から体が消え始めていた。

「セリ、気にするな。幻霊子に変換されているだけだ。痛みはない。目をつぶって少し待ってろ。臨死体験のようなモノだと思えばいい」

そんなことを言われてもセリは長らく話に置いてけぼりだったので、そこまで集中が続かなかった。

消えていく箇所がどんどん増えていく。痛みこそないが、奇妙な感覚であることは確かだ。何か魂というモノが存在するならそれを吸い取られているような感覚だ。

頭が消え始め、眼の部分が消えた瞬間、視界がブラックアウトした。

声だけは辛うじて聞こえている。

だが、最後に聞こえた声はアンハナにいた皆の声ではなく遠い記憶のその奥から聞こえたように思えた。

「お帰りなさい、〇〇。始まりの世界へ…」

その声が聞こえた瞬間、セリの意識は遠い世界へと飛ばされていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る