シガーキス

A003

第1話

仕事終わり、同期に連行されていつもの店に立つ。なんでこんな辺鄙な地域の店に人が溢れているんだ、この時間は来たことがなかったから知らなかったな。

人混みは大嫌いな俺からしたら、必要のない知識だったのに。


「俺が人波に酔う人間だって知ってるだろ。なんで連れてきたんだよ」


ため息を吐きながら詰め寄る。


「なんとなくに決まってるだろ!お前と飲みたい気分だったんだよ!」


やつらはゲラゲラ笑いだして店に入っていった。

俺は知っている、こうなったらこいつらの所まで堕ちていくのが楽しく生きるコツだということを。

陽キャな俺を召喚し、喜び勇んで店に入ると1人の客に目がいった。


彼女だ。


急激に陽キャな俺が帰っていき、惚けた俺にバトンタッチをしていく。だってしょうがないだろう、こんなところにいるとは思わなかったんだ。


心の中の言い訳はとどまることを知らないが、一旦落ち着こう。彼女に無様な姿は見せたくない。そう、片思いの相手には。


心を落ち着かせ、背けていた顔を向けると彼女は

見たことがない、茶色い紙に包まれたタバコを吸っていた。

彼女は喫煙者だったのか。女が堂々とタバコ吸っている姿に嫌悪感は抱かなかった。

むしろ、白い指に茶色の差し色は目に毒だ。もちろんいい意味で。


「すみません、通してください」


未だ惚けていると、後ろから声をかけられた。

そりゃ当たり前だ、邪魔だと直接言わない優しい人を通せんぼするなんて罰が下る。


「いや、こっちこそすいません」


少し年上だろうか、待たずに入っていったお姉さんは人をかき分けていく、誰かと合流するらしい。

そして迷いなく向かった先には彼女がいた。


知り合いか、やっぱり性格が良さそうな人には性格が良さそうな人が集まるのだろうか。


一人頷いていると、意味がわからない行動が目に入る。

お姉さんは、まだ後ろにいることに気づいてない彼女の顎を鷲頭んだのだ。

タバコの灰を落としたあとでよかったな、なぜか俺は余計な安心感を抱いた。


無理やり後ろを向かされた彼女は、眉間にしわがよっていた。そりゃそうだろう、呑んでいたらいきなり首を折られそうになったんだから。


しかしその体制を強いたお姉さんは、口元を緩ませていた。とんだ見た目詐欺だ、あの優しげな顔してドSだなんて。


頭がぼうっとする、彼女達は何をしているのだろうか。


「おい、祐介!何突っ立ってんだよ、席が空いたってよ!」


「あ、あぁ。わりぃ、すぐ行く」


薄情な友人達は俺を置いて席に座っていた。呼んでくれた新庄、お前は俺の親友に格上げしてやろう。

親友と言い合いをしながらも彼女の方に目がいってしまう。


見なければ心の傷も軽傷で済むのに、見てしまう。ウン十年目生きてきて新しい発見をした。俺は色ボケバカ野郎だ。


お姉さんは彼女の顎を掴んだまま器用にタバコをくわえていた。

嫌な予感がする、たぶん的中するだろうな。色ボケバカ野郎から色ボケをとったら何になるんだよ。自嘲しながらも目を離さないからバカ野郎か。


お姉さんはタバコをくわえたまま言った。


「吸って」


ここに来て初めて喋る言葉が、まさかシガーキスの合図なんて。

初めて見たよ、いや見せてんじゃねぇよ。色ボケバカ野郎はそっちじゃねぇか。

そう心の中で不貞腐れ、俺は泣き叫んだ。


「とりあえずビールで……!」


飲まなきゃやってられねぇよ、そう言って新庄の肩を鷲掴み、俺は朝まで呑み明かした。

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