第19話 後輩(sideささら)

 わたしは本当は男の子になりたかった。

 遊びも男の子の遊びが大好きで、小さい頃は女の子より男の子と一緒に遊んでいた。兄がふたりいたというのも大きいかもしれない。

 中でも野球が大好きで、男の子と一緒に野球をしていた。

 けれど、思春期になると今まではなかった男女の差というものがでてきた。いつの間にかわたしは身長を抜かれて、胸も成長して、力の差もできてしまって、一緒に野球ができなくなってしまっていた。

 だから女の子でもできるソフトボールをしてみたのだが、やっぱり本当にしたいのは野球で、わたしはすぐにソフトボールをやめてしまった。


「ささら、せっかくかわいいんだから髪伸ばしてみない?服もかわいいの着てみない?」


 お母さんにそう言われたときはショックで泣いてしまった。と、同時に今まで好きにさせてもらっていたことに気がついた。

 野球できないのなら長い髪でも邪魔にならない。せっかくなら“女の子”らしくしてみよう。それは正解だったのか、今まではいなかった女の子の友達がたくさんできた。


「お兄ちゃん、おかえり。高校はどう?」

「マネージャーがいたよ。ささら、野球好きだからマネージャーやってみたら?それなら女の子でも出来るよ」


 兄はわたしのことをよく理解してくれていた。その発想はなくて、わたしはぱちぱちと瞬きをした。考えてみるとそれはとても魅力的で、楽しそうだった。

 やりたいと返事をし、高校からわたしは野球のマネージャーをはじめた。


「……それはこうすると良いのですよ」


 野球の知識は役に立ち、部員たちともすぐに仲良くなれた。

 野球の話を馬鹿みたいにして、たくさん笑った。みんなのサポートをすることが、野球に関わることが出来て楽しかったし、嬉しかった。

 気がつけばあっという間に3年生になっていて、部活ができるのもあと少しになっていた。


「聞いたか?あの“色葉律”がうちに来るんだってさ」

「強豪校じゃなくて、うちに?」


 色葉くんは野球をしている人は誰でも知っているような有名なピッチャーだった。

 彼の球は凄かった。速く、鋭い球だった。

 彼が来てくれたら甲子園も夢じゃないとみんな浮かれていた。

 入学式が終わり、色葉くんは野球部に入部した。期待通りに彼は強く、すぐにレギュラー入りが決まった。

 が、それを快く思わない人も多く、嫉妬の目を向けられていた。


「四宮、色葉をどう思う?」

「技術は素晴らしいと思うのです。レギュラーとも仲良いですし。ただ……」

「ただ?」

「レギュラー以外からは嫌われているのです。色葉くん、あまり話をしないのです」

「どうにかしてやれないか?部長とも話したが、あいつは気づいてもなかった」

「わかりましたのです。わたし、頑張ってみるのです」


 それからわたしは色葉くんのことを気にかけていた。

 綺麗なフォームで球を投げる姿に思わず見とれてしまう。

“かっこいい”と浮かんだ感情を頭から追い払う。

 色葉くん、わたしがあなたを守ります。

 すぅと息を吸って、わたしは大きな声を出す。


「こ、こらー。いじめはダメなのですよ!」

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