第2話 新生活(side恋)

「まだ?」

「ちょっと待って!ネクタイうまく結べなくて!」

「結んでやるからこっち来いよ」


 天羽家の玄関に私と律はいた。

 今日は高校の入学式だ。真新しい制服に私も律も身を包んでいる。制服はなんとかという(名前忘れた)有名なデザイナーがデザインしたらしく、黒地に赤のステッチが目立ちお洒落でカッコいい。リボンかネクタイかも選べて、私はネクタイを選んだのだが、思いの外難しくて、律の手を借りていた。

 そんなオシャレな制服をすっかりイケメンに育った律が着るものだから、ときめかずにはいられない。


「ここをこうやって、次はこうやってーー」


 ネクタイの結びかたを教えてくれるのだが、至近距離の攻撃力に私は瀕死で全く頭に入らない。


「……恋、お前聞いてた?」

「き、聞いてたよ?」

「嘘つけ」

「う……ごめんなさい」


 私のことを“恋”と呼ぶのは彼だけだ。

 本当の私、天羽恋は6年前に死に、妹である天羽愛として生きている。


「ありがと、ね」

「何がありがとう?」

「同じ高校来てくれて」

「……別に。ほら、出来た。学校行くぞ」

「うん!」


 愛が死んでから苦しかった。

 単純にずっと一緒にいた片割れがいなくなって寂しかったのはある。苦しかった原因はそれじゃない。

 周りのみんなは愛のことを覚えていて、私はいつ“愛”じゃないとバレるかずっと怯えていた。双子で似ていても違う部分もあって、私はずっと愛らしく振る舞っていたから。


 両親さえも知らない秘密。

 いっそ気づいてくれないかと何度思ったことだろう。その願いは届くことなく、両親はあれからもずっと気づいていないままだ。ううん、気づく気づかないは関係ない。


 あの日から家族はバラバラになってしまって、ただ一緒に暮らしているだけの“他人”となっている。必要最低限しか会話もない。


 ーー知り合いがいて苦しいんなら、高校遠いとこ行けばいいんじゃない?


 その律の提案は目から鱗だった。

 家から遠い高校は少し偏差値が高く、勉強を頑張る必要があった。が、勉強を頑張ることは苦痛じゃなかった。愛のことを知らない場所に行けると思うと頑張れた。


 ごめんね、愛。

 愛のことが嫌いなわけじゃないよ。大好きだよ。

 今でも生きてくれてたらって思ってる。

 でもね、名前を呼ばれる度に叫びたくなるの。

 私は“愛”じゃない!“恋”だよって。


「恋?行くよ?」


 だからね。

“恋”って呼ばれるこの瞬間が幸せなの。

 律だけが私を見てくれる。

 私が私でいられる居場所。

 恋に落ちるのはあっという間だった。

 私は律が好きだ。


 駅まで自転車をこいでいく。ふわりと吹く風には桜の花びらが混じる。


 春。

 始まりの季節。

 新しい出会いがふたりを待っている。


「あ!同じクラスだよ、律!」

「本当だ。よろしく、愛」


 ねぇ、律は私のことをどう思ってる?

 私と同じだといいな。


 掲示板の近くで吹奏楽部が演奏をしている。


「やっぱり気になる?」

「うん。部活どうしようかな」

「俺は野球部入るよ」

「なら私も吹奏楽続けようかな」

「それがいい」


 笑う律に私も笑う。

 新生活に私はわくわくしていた。


 入学式に私たちはひとりだった。

 律には両親がいない。祖父母と共に暮らしている。おばあちゃんが来る予定だったけれど、張り切りすぎて腰を痛めてしまったらしい。

 うちは無関心。ただ、それだけ。

 必要最低限のことはしてくれるからまだ良いんだけれど、それでも寂しくはある。

 どうしてこうなっちゃんだろう。

 二人の子どもは“恋”だけじゃないのに。



「ほら、律。笑って!」


 スマホで律の写真を撮り、律のおばあちゃんに送る。すぐありがとうと電話がかかってきて律は照れていた。


「入学おめでとう、恋」

「律もおめでとう」


 風が吹奏楽の音を運んでくる。

 オーボエの音が強い存在感を感じさせる。

 ものすごく上手い。


 どんな人が吹いてるのかと思い、振り返る。

 そこには優しそうで大人びた、律とはまた違うタイプのイケメンが真剣な顔で演奏していた。

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