存在証明〜私は/僕はここにいる〜

雪花彩歌

一章 天羽恋

第1話 プロローグ(side恋)

 それはただの他愛もない子どもの悪戯のはずだった。


 私にはそっくりな双子の妹がいた。私の名前が天羽恋あもうれんで、妹はあいという。

 ふたりとも気管支が弱く幼い頃から喘息を患っていて、わりと頻繁に入院していた。


「れん。あい、お外であそびたい」


 愛がそう言ったのは退院も間近な日のことだった。ダメなことだとはわかるけど、愛の気持ちもわかる私は断りきれなかった。


「あいちゃん、ダメだよ」


 止めたのは幼なじみの色葉律いろはりつだった。


「だいじょうぶだよ。ふたごなんだからバレないよ」


 今思えばここで律の言うことを聞いていればよかったのだ。でも、当時の私たちは好奇心が勝ち、お互いの服を交換して入れ替わった。

 愛は楽しそうに出掛けていった。

 これが最期になるとは誰も知らずに。


 愛はなかなか帰って来なかった。両親も迎えに来てくれなかった。後から知ったことだけれど、愛は交通事故にあい、即死だったそうだ。いつまでも帰らない“恋”はそういうわけで私の待つ病院に帰れなかったのだ。


 律が帰っても、夕食を食べても、外が真っ暗になっても、誰も来なかった。退屈で私は眠たくなって寝てしまっていた。


「ーー愛ちゃん」


 ぎゅっとお母さんに抱き締められ、目が覚める。お母さんの身体はカタカタと震えていて、子どもみたいに泣きじゃくっている。

 お母さん、泣かないで。何があったの?お腹が痛いの?お父さんとケンカでもしたの?

 悲しい声で繰り返し呼ぶ名前は“恋”じゃなく“愛”だった。


「あいじゃないよ、れんだよ?」

「恋は死んだんだよ、愛」

「ちがうよ!あいじゃないよ、れんだよ!」

「ありがとうね、愛」


 二人は私が強がっていると思っていて、聞く耳を持ってくれない。

 違うのに。

 愛じゃないのに。

 どうして信じてくれないの?

 愛は私と入れ替わって遊んでいるだけなのに。


 胸がチクチク傷んで、私の目からも涙が溢れてくる。


 ひゅうひゅうと喉が鳴る。喘息発作だ。


「愛!」


 ナースコールが押され、私は処置されていく。

 閉じゆく瞼の裏には愛の笑顔が浮かんだ。

 ねぇ、愛。

 愛が帰ってこないからみんな心配してるよ。

 早く帰って来て。

 それで入れ替わっていたずらをしたことを一緒に謝ろう?

 お願いだから、帰って来てよ、愛。

 死んだなんて冗談、笑えないよ。


 でも。

 願いは届かない。

 死んだ人間は帰ってこない。



 こうして私は、恋は、“愛”になった。

 これが律と私だけの秘密だ。


 私の名前は“天羽愛”、だ。

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