第56話 濃い匂いが好き
私は、二日酔いのクラーナとともにベッドで休んでいた。
お水を飲んで、少し落ち着いたのか、彼女の表情は少し明るくなっている。
「ねえ、アノン、少しお願いがあるんだけど……」
「何かな?」
「その匂いを嗅がせてくれない?」
「匂い?」
そこで、クラーナは私にそんなお願いをしてきた。
彼女は、私の匂いが大好きである。だから、匂うと気分が良くなるのだろう。
「そういえば……私、昨日お風呂に入っていない……」
「ええ、そうね……だからこそ、嗅ぎたいの」
「そっか……」
匂いを嗅がれるとわかって、私は昨日お風呂に入っていないことを思い出した。
恐らく、私の体は一般的にはあまりいい匂いではないだろう。
だが、獣人である彼女にとっては、これがいいのだ。匂いが濃い方が、彼女にとっては至福なのである。
「別にいいけど……やっぱり、いつまで経っても恥ずかしいね」
「大丈夫、アノンはいい匂いよ」
「うん……」
私は、もうそういう状態でクラーナに匂いを嗅がれるのを許容していた。
恥ずかしいが、彼女が喜んでくれるので、それでいいと思うようになったのだ。
「最近は、ずっとお風呂に入っていたから、この匂いは久し振りね……」
「う、うん……」
「すう……すう」
クラーナは、私の首元に鼻を当てて匂いを嗅いできた。
彼女の温かい息が、少しくすぐったい。
「アノン……できれば、今日もお風呂に入らないでもらえる?」
「え?」
「二日目入らないと、すごくいい匂いになると思うから……ラノアもまだ帰って来ないし、いいでしょう?」
「うーん……」
クラーナの頼みに、私は少し考える。
正直、お風呂には毎日入りたいと思っている。匂いもそうだが、疲れが取れるからだ。
しかし、クラーナが喜んでくれるなら、もう一日くらいは我慢できる。ラノアもいないし、問題ないのかもしれない。
「……というか、ラノアもお風呂に入っていない時の匂いが好きだと思うわよ。いっそのこと、あの子が帰ってくるまで入らないでもいいんじゃないかしら?」
「いや、それは流石に……レフィリーナちゃんとレクリアさんに会うかもしれないし……」
「まあ、それもそうよね……」
私の言葉に、クラーナは耳を垂らして落ち込んだ。
その仕草は、とても可愛らしい。だが、流石にその提案は飲み込めない。クラーナは別にいいが、他の人と会う時はきちんとしていたいからだ。
「でも、今日は入らないでいいよ。明日は、いっぱい匂いを嗅いでいいからね」
「アノン……」
しかし、せめて少しでもクラーナの願いは叶えてあげたかった。
だから、今日はお風呂に入らないことにしたのである。
私の言葉に、クラーナはとても笑顔になった。その笑顔に、私も嬉しくなってくるのだった。
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