第75話 その感情は少し嬉しい
私とクラーナは、ギルドで依頼を受けて、魔物を倒して戻ってきていた。
依頼は、特に無事終わり、何も問題ないはずである。
「ク、クラーナ……」
「……」
そこで、ある問題が発生していた。
それは、クラーナの機嫌が悪くなってしまったのだ。
今、クラーナは私に体を押し付けてきている。ソファで、私にくっついてきているのだ。
こうなったのには、あることがあったからである。
それは、依頼が終わった後のこと。
家へと帰るために歩いていている私達の前方から、紙袋を抱えた女性が歩いて来たのだ。
その女性が、地面にあった小石に躓き、転びそうになったのである。
私は咄嗟に動き、その女性の体を抱き止めた。反射的にそうしてしていたのだ。これは、別に悪い行動ではないと思っている。転んだら、危ないだろうし。
助けた女性は私に対して、笑顔を向けてくれた。
その顔が少し強張っていたので、恐らく私が誰かを理解した上で、そうしてくれたのだろう。
私は、それが嬉しくて、その女性に笑顔を向けて、クラーナの元に戻った。
すると、クラーナの様子が少し変わっており、今の様になったのである。
恐らく、クラーナは私が女性に笑顔を向けたことが、気に食わなかったのだろう。
助けたから怒るような子ではないので、そこだと思うのだ。
私は、恐る恐るクラーナに話しかける。
「その、ごめんね?」
「……別に、怒っている訳ではないわ」
「そ、そう?」
クラーナは、怒っている訳ではないらしい。
ただ、その声色はいつもと少し違う。
「でも、なんだか、様子が変な気が……」
「その……」
私の指摘に、クラーナは少し怯む。
自分でも、自覚はあるらしい。
それなら、教えて欲しいと思う。
「クラーナ、言ってくれる? このままじゃ、わからないよ?」
「……ええ、そうね。言わないといけないわよね……」
クラーナは、言ってくれる気になったようだ。
あまり、乗り気ではなさそうだが。
「実は、あなたが助けた女性の視線を見て、少し焦ってしまったのよ」
「焦る? 何に?」
「あの女性、あなたに好意を向けていたわ。そういう視線だったもの」
「好意? まさか……」
クラーナは、突然そんなことを言ってきた。
あの女性が、私に好意を向けていたとは信じられない。
ただ転んでいる所を助けただけで、人を好きになるはずがないだろう。
「あなたの笑顔は、とても魅力的だもの。好きになるのもわかるわ」
「え? そうなの?」
「ええ、あなたが笑顔を向けた時、完璧に落ちていたわ」
恐らく、クラーナの考えすぎだと思う。
魅力的な笑顔と言われるのは嬉しいが、それで好きになられるなら、私は差別など受けないはずだ。
「……自覚はないようね」
「え?」
「まあ、いいわ。それで、あの子の匂いがあなたについたから、気に食わなくて、私の匂いで上書きしているのよ」
「上書き……」
「そうよ。だから、こうやって、体を押し付けているの……」
どうやら、クラーナが体を押し付けてくるのは、私についた女性の匂いを消そうとしているかららしい。
それは、なんともかわいらしいことだ。
「……それなら、存分に匂いをつけてくれていいよ?」
「そう? それなら、遠慮しないわよ?」
「うん!」
クラーナは、要は嫉妬してくれていたのだろう。
それは、とても嬉しいことだ。
だけど、クラーナに心配をかけるのは、本意ではない。
そのため、匂いを消したいなら、存分にそうしてもらおう。
こうして、私とクラーナはしばらくの間くっつくのだった。
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