第58話 首輪の持つ意味って
私とクラーナは、隠れ里の出入り口に向かっていた。
その途中、サトラさんに衝撃的なことを言われたのだ。
「アノンさんに色々話して、クラーナさんがここに残るように誘導していたんだ。最も、成功はしなかったけどね」
「ええ、それがわかったから、アノンの不安を取り払わせてもらったわ。二人っきりの時にね」
「なるほど、気づかれていたなら、そうするもの当然か……」
疑問に思った私を気遣ってか、クラーナとサトラさんがそう話してくれる。
確かに、私はサトラさんの言葉で、クラーナがこちらに残った方がいいのではないかと考えてしまった。
それが誘導していたなど、驚きだ。さらに、クラーナがそのために不安を取り払ってくれたなど、思いもしなかった。
「で、でも、一体どうして……?」
「それは、私も気になっていたわ。あなたは人間に差別的意識を抱いていてはいなかったみたいだし、行動原理がよくわからないもの」
しかし、なんのためにそんなことをしたのか、わからない。
それはクラーナも同じだったようだ。
「……昔、私にもいたんだ。人間のパートナーが……」
「え?」
「……」
「その子は、私と一緒にいたせいで、人間から迫害されてしまってね。だから、君達を引き裂かなければならないと思った。私と同じ思いをさせたくなかった」
サトラさんが語ったのは、かつての自分だった。
どうやら、サトラさんにも人間のパートナーがいたらしい。
その子が、人間によって傷つけられたため、私とクラーナを引き裂こうとした。
つまり、私の身とクラーナの心を思っての行動だったようだ。
「だけど、君達なら大丈夫なんだろうね。今回の出来事を見て、そう思ったよ。きっと、クラーナさんなら、アノンさんを傷つけさせたりしない」
「ええ、当然よ。アノンのことは、私が守ってみせるわ」
「クラーナ……」
サトラさんの言葉に、クラーナは力強く答える。
それは、とても頼もしい言葉であった。先程の出来事も含めて、私の心は限界かもしれない。
「私も、それくらい強ければ、あの子を守れたんだろうね」
「サトラさん?」
そこで、サトラさんが懐からあるものを取り出した。
それは、チョーカーだ。
「犬の獣人にとって、首に巻くものには深い意味がある」
「え?」
「例えば、服従。心無い者に、巻きつけられ、忠誠を誓わされる」
さらに、サトラさんは言葉を続けた。
それは、犬の獣人にとっての重要なことであるらしい。
「例えば、親愛。この人の言葉なら、全て従ってもいい。そのような信頼関係があれば、首輪をつけられても構わない。そんな感情があれば、これはむしろ愛おしいものになる」
サトラさんが、その首にチョーカーを巻き付ける。
言葉から、恐らくそれは、サトラさんが人間から渡されたものなのだろう。
私とクラーナのように、親愛の証として。
「許して欲しいとは言わないよ。私のしたことは、最低のことだからね」
そこで、サトラさんはそう言った。
しかし、私はサトラさんに対して、怒りの感情など感じていない。
サトラさんのしたことは、もちろん駄目なことだが、私とクラーナを思ってのことだ。
それに、もしかしたら、サトラさんはクラーナの未来だったのかもしれない。そう思うと、怒る気にはなれなかった。
「サトラさん、別に……」
「ええ、あなたのしたことは最低ね。だから、罰を受けてもらうわ」
「ク、クラーナ!?」
「罰? いいよ、どんな罰でも構わない」
私がそう思っていると、クラーナがそう遮ってしまう。
驚く私を余所に、クラーナは言葉を続ける。
「ええ、それなら、あなたが逃げたその子の元に行きなさい」
「え?」
「クラーナ?」
そこでクラーナが放った言葉に、私とサトラさんはほぼ同時に声をあげてしまった。
それは、とても意外なことだったからだ。
「あなたが最低なのは、その子の元から逃げたことよ。心の整理がついたら、その子に会いに行ってあげなさい。それが、あなたへの一番の罰よ」
「わっ!」
クラーナは、話ながら私の手を引いてきた。
どうやら、クラーナが最低だと言ったのは、私達への行為ではなかったようだ。
「それができたら、近くの町から少し離れた場所に来なさい。そこには、私達がいるから……」
「クラーナ……」
「クラーナさん……」
クラーナはそれだけ言って、サトラさんの横を通り過ぎる。
なんだか、とてもかっこいい。
そのまま、クラーナは振り返ることもなく、私の手を引いていく。
それに倣って、私も振り返らないことにする。
「……ありがとう」
後に聞こえた声は、そんな言葉だ。
これで、きっと彼女も前に進めるのだろう。
こうして、私達は出入口へと向かうのだった。
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