第37話 買い物が始まって

 私はクラーナとともに、買い物に向かっていた。


「それで、どこに行くの?」

「まず、八百屋さんね」


 私がクラーナに聞くと、そう返してくれる。

 まずは、八百屋さんに向かうようだ。


「八百屋さんか……もしかして、テットアさんの所?」

「ええ、そうよ」


 今から行く八百屋さんは、私も知っているところだった。

 そこは、テットアさんという優しい女性が経営している店である。


「そっか……」

「アノン?」


 とてもいい店なのだが、私には一つ気掛かりなことがあった。


 よく考えてみれば、私は噂が出てから、お店などにほとんど行っていない。

 他の店ならともかく、あのテットアさんに嫌われているのは、中々に辛いことだ。


「あ、いや、なんでもないよ」

「……そう?」


 だが、それをクラーナに言う訳にはいかない。

 彼女は恐らくずっとそういう扱いを受けていたはずだ。

 それなのに、私が弱音を吐いていいはずがないのである。


「はあー、私に気を遣っているのかしら?」

「え?」

「怖いんでしょ? わかるわよ、それくらい……」


 しかし、クラーナは私の心中を見抜いていたようだ。

 もしかしたら、私がまったく隠せていなかったのかもしれない。


「うん、そうなんだ……」

「噂が出てから初めて行くんだもの、仕方ないわ」


 そんな私に、クラーナは優しい言葉をかけてくれる。


「まあ、確かにお店の態度も悪い所はあるわ。でも、向こうも商売だから、ちゃんとお金を払えば、商品はくれるわよ」

「あ、そうなんだ」

「ただ、信頼できない相手なら、商品を渡してくるという確信を持ってから、お金を出した方がいいかもしれないわね」

「う、やっぱりそういうのもあるんだ」

「これは、念の為よ。警戒しておくのに越したことはないもの」


 やはり、周囲からの偏見とは、生活を厳しくしてくるもののようだ。

 だが、クラーナはずっとそうしてきたのだから、私にもできるはずである。


「それと、テットアさんの所は心配ないわ」

「え?」

「あの人は、差別なんてしないわ。私にも、優しくしてくれるわ」

「そうだったんだ」


 クラーナの言葉に、私は嬉しくなった。

 リュウカさんもそうだが、偏見なく見てくれる人がいるのは、とても嬉しいことなのだ。


「嬉しそうね? アノン?」

「うん!」


 私は笑顔になりながら、八百屋に向かうのだった。




◇◇◇




 私とクラーナは、八百屋さんに来ていた。

 私達を認識すると、店主のテットアさんは、にっこりと笑ってくれる。


「あら? クラーナちゃんに、アノンちゃんじゃないの!」

「お久し振りです、テットアさん」

「お、お久し振りです……」


 クラーナに言われたものの、少し緊張しながら、私は挨拶した。


「二人とも心配したのよ? 色々な噂を聞いていたけど、大丈夫なの?」

「ありがとうございます。大丈夫だから、安心してください」

「そ、そうです、そうです」


 テットアさんは、私達のことを本当に心配してくれていたようである。

 クラーナの言う通り、テットアさんは偏見のない人のようだ。


「……それにしても、二人とも、手を繋いじゃって……仲がいいのねえ」

「え?」

「あっ……」


 テットアさんにそう言われて、私達は気づいた。

 そういえば、ずっと手を繋いだままだったのだ。

 端から見れば、気になるのも無理はないだろう。


「まあ……そうですね」

「私達、仲がいいんです」


 だから、私達はそう言った。

 仲がいいことを隠す必要はないのだ。


「いいわねえ、そういうのは……」


 テットアさんは、私達の言葉に笑いかけてくれる。


 そんな話をしながら、私達は買い物を続けるのだった。

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