厄災

乾燥バガス

厄災


 目隠しを外されたが、猿ぐつわと手足の自由を奪っている縄は解いてくれない様だ。その縄はご丁寧にも、俺が座っている椅子に括り付けられている。


「お前がなぜここに連れてこられたか分かるか?」


 冒険者崩れ風の男がテーブル越しに顔を近づけて聞いてきた。全然生えそろっていない無精ひげが頬まで侵出している。


 周囲にはこの男と似たような風体の輩が二十人ぐらい居た。俺の目隠しを取ったヤツが俺の左横に居るが、そいつも含め、各人が帯びている武器は統一されておらずバラバラだ。飛び道具を持っているヤツもいる。


 この部屋は倉庫だろうか? 一つしかない大きな扉が正面にあり、左右には大小の木箱や樽が積み上げられている。明り取り窓から差し込む日光が、ほこりっぽい空気中に傾いた光の立体を浮かび上がらせていた。足元は土がむき出しのままだが、固く踏み固められている様だ。


「……」


「何とか言ったらどうだぁ? んぁ?」


 それは無理だろう。せめて猿ぐつわを外してくれ。あぁ、後頭部の鈍痛が酷い。後遺症が残ったらどうしてくれるんだ。


 しかし、俺が捕まってから、どのくらい時間が経ったんだ?


「……」


「お前、何か秘密を握っているらしいな」


 俺の猿ぐつわを外そうともせずこいつは言った。対話をしたいのか、それとも独白をしたいのか、どっちなんだ?


 しかし、なるほど。こいつは雇われただけで、雇い主から詳しい話を聞かされていないと見た。情報を得て少しでも雇い主との交渉を有利にしようとしているのかも知れないな。


「……」


「……。猿ぐつわを外してやれ」


 俺が喋らない理由をようやく理解できたのだろう、こいつは俺の左横のヤツに指図した。


「お前、何か秘密を握っているらしいな」


 こいつは再度、同じ台詞を吐いた。


「知らない方が良い」


 と、俺は答える。そう、俺が持っている秘密など知らない方が良いのだ。どうせ知ったとしても役に立たない。こいつの雇い主が狙っているのは不老の能力だ。俺はその能力を持っている。持っているのだが……。


「はい、そうですか。って引き下がる訳ねぇだろうが!」


 ……だよなぁ。


「もし秘密を知ったとしても、誰もそれを手に入れられないんだぞ?」


 そう、この力は他人に分けることができない。俺から与えることができるのは、将来生まれてくるかも知れない俺の長子だけだ。つまり、親から一人の子だけに引き継がれる。まぁ、そういう性質のものらしい。


「なんだお前。やっぱり秘密の情報を持ってるんじゃないか」


 こいつはにやりと笑い、そう言った。


 俺は俺で別の情報を持っていた。それは誰かが俺を狙っているらしいという情報だった。狙う理由は明らかではなかったが、俺を狙う理由は不老の能力しか考えられない。それ以外に俺の価値は無いもんな……。残念ながら。


 不老の情報はどこから漏れたのか……。まぁ、それは一つしか考えられない。俺はこの呪われた能力を分析して、あわよくば解除してもらうためにわざわざ魔法学園で有名なここ、マグシムネ侯国まで来たのだ。


「おい、それを喋らねぇと痛い目を見るぜ?」


 それは勘弁だ。しかし、俺が用意しておいた保険はまだ効かないのか? 実効性だけ・・はかなり高いという評判だったのだが……。定期連絡を入れなければ何かあったとみなして、助けに来るはずなのだ。


 ……だったら、時間を稼ぐしかないよな。


「あぁ、分かった。話すよ」


 俺はこいつに向かって言った。こいつは俺をじっと見ている。


 ……。


 ……。


 ……こいつと見つめ合ったまま、沈黙の時間が二分程経った。


「早く話せ!!」


 こいつは怒鳴った。


 なんだ、結構我慢強いじゃないか。まぁ、少しだけだがうまいこと時間が稼げた。


「あぁ、お前が話す番だと思って黙ってたんだが、話していいのか?」


 俺はとぼけて言ってみた。


「おまえが話すと言ったから、俺は待って――」


 突然、破壊音と共に正面の扉がこっちに向かってぶっ飛んできた。


 俺の真横を、鉄で補強された扉の一部が唸りを上げながら飛んでいき、横に居た男もろとも奥の壁にぶち当たる。俺の左頬からつぅっと血が滴るのを感じた。


 扉の枠だけが残ったその入り口には、女が二人立っていた。


 一人は、すこしウェーブが掛かったショートの黒髪、要所をベルトで留めた丈の短い革製の上着とズボン、それに太ももまである長いブーツを履いている。もう一人は長いストレートの茜色の髪、両サイドにスリットが入ったスカートを履いて、小型の石弓をその左手に持っていた。


 周りに居たやつらが一斉にそちらを振り返る。


「ほら、そうやってすぐ物を壊すんだから。私が開けるって言ったでしょ」


 長髪の女が飄々と言った。


「今は緊急事態なんだろ!?」


 短髪の女が大声で応じる。


「野郎ども!! やっちまえ!」


 俺の目の前の男が、腰の剣を抜きながら言った。


「あんた、依頼者もろとも殺すつもり? これだから単細胞は困るのよ」


 長髪の女が右手に持った魔法羊皮紙を起動させながら言った。うっすらと長髪の女の周りが光り始める。


 入口に殺到する男たち。手には握りしめた剣、斧、短刀などを振りかざし、あるいは腰に溜めながら。


「はあああああ? 私がいなければ何もできないだろうが」


 短髪の女が目にもとまらない速さで、手近の二人の男を打ち伏せながら言った。その手には武器を持っておらず素手だ。


「修理費の請求も馬鹿にならないのよ。あんた、分かってる? 私達の活動資金どころか、明日の食事代すらもままならないって言うのに」


 長髪の女が、新しい魔法羊皮紙を大きめのポーチから引っ張り出しながら言う。


「姉貴が特注の魔法羊皮紙ばっかり買ってるからお金がたりないんだろ!?」


 右から迫る男を前蹴りで吹き飛ばした直後、振り向きざまに三ステップほど前に出て反対側に居た男に回し蹴りをくらわす短髪の女。回し蹴りした脚を大きく上げたまま、長髪の女が広げようとしている魔法羊皮紙を指さしていた。


 僅かに遅れて、短髪に吹き飛ばされた男の体が周囲の木箱を派手に破壊した。


「あら? あんたが周りの物を見境も無く壊しまくるから、多額の修理代を請求されてるんじゃない。あ、動かないでカーリー」


 突然、何本もの短剣が長髪の女の周囲に現れ、ゆらゆらと宙に浮いた。


「周りの物は私が壊してるんじゃない、勝手に壊れるんだよ!」


 カーリーと呼ばれた短髪の女が、足を大きく上げたまま微動だにさせずに答える。


 それを好機と見て取った男たちがカーリーに攻撃しようと近づく――。と同時に、長髪の女の周囲に浮かんでいた短剣が、一瞬のうちに男たちを貫いていた。


「なに子供みたいな事言ってんのよ。私はそれを気を付けなさいって言ってるのよ」


 短剣の攻撃を受けた男たちがその場に崩れ落ちる。


 長髪の女は、さらに新しい魔法羊皮紙を取り出そうとしていた。


「切った張ったの仕事なんだ。そんなこと気にかけられるかってぇの! それを分かってんのか、ヴァティ!」


 短剣の攻撃を免れ、まだ立っている男たちに向かって駆け寄り、ほぼ同時に三人を吹き飛ばすカーリー。三ヵ所で荷物の山が吹き飛んだ。


「切った張っただなんて野蛮ね。私は知的好奇心を満たせるかも知れないからこの仕事を請けたのよ。あんたは暴れたいだけでしょ。方位五、距離四、中段蹴り」


 ヴァティと呼ばれた長髪の女がそういった瞬間、ノールックで後方に鋭い蹴りを入れるカーリー。そこにクロスボウを構えていた男が突然姿を見せ、派手に吹き飛んだ。姿を消す能力者だった様だ。


 カーリーが俺の方に駆け寄り、俺の右後ろに居た男を殴り飛ばす。そして素早い移動の後、目の前のテーブルを入り口に向かって蹴飛ばした。


「おっと、足が滑った」


 と、蹴飛ばしながら言うカーリー。


 ヴァティに迫り寄っていた一人の男を巻き込んだテーブルは、ヴァティの真横を通り過ぎ、扉の枠の一部を破壊して外に飛んで行った。一瞬遅れて、ヴァティの長い髪がテーブルの飛跡を追う様になびく。


 ヴァティが引きった笑顔を浮かべている。


「あら、恐怖で手が震えちゃった」


 そう言って、ヴァティは左手に持っていたクロスボウを短髪の女に向けて撃った。カーリーが難なく飛来した矢を拳で弾くと、後ろで剣を振りかぶっていた男の左胸にその矢が突き刺さった。


「あっぶねぇな!」


 とカーリー。ついでに手近に居た男を蹴り飛ばす。


「それはこっちのセリフよ」


 とヴァティ。右手に持った魔法羊皮紙を起動し始める。


「な、何者だ、お前たち!」


 俺を尋問しようとしていた男が言った。気づけばこいつ一人だけが取り残されていた。


「「フォーチュンフェアリーズ」」


 二人の女が同時に言う。


「や、厄災ペアだと!?」


 こいつは一歩後ろに下がりながら言った。


「「フォーチュンフェアリーズよ!!」」


 ヴァティが男を指さすと、宙に現れた縄がその男をぐるぐる巻きにした。と同時にカーリーが拳や蹴りを叩き込む。その男は前後左右に震えた。目に見えなかったが恐らく十数発は入っている。


 その男は白目をむき、地面に崩れ落ちた。


「まったく……。カーリー、あんたとはちゃんと話をしなきゃならないわね。付いてきなさい」


 ヴァティは踵を返し、外に出て行こうとする。


「あぁ? 外でタイマンか?」


 カーリーは外に向かって歩き始めた。


「あんた本当に馬鹿? 話そうって言ってるでしょ」


 かつて扉が有った開口部の向こうで、すたすたと歩き去っていくヴァティ。


「拳と拳で語り合うんだな? って、おい人の話を聞け、ちょっ……」


 それを追うカーリー。そして二人の姿が見えなくなり、声も聞こえなくなった。


 な、何だったんだ今のは!?


 俺は束縛を解かれることも無く、その場に放置されていた。周囲を見渡しても何一つ動く物は無かった。






 暫くすると、破壊された扉の枠組みから賢人族エルフがひょっこり顔だけを出した。


「あのう。もう危険は無いのでしょうかしら?」


 それは俺が依頼を出したルーシッドという女だった。


「あ、ああ。恐らく」


 保険として、俺からの定期連絡が途絶えた場合の救出を依頼していたのだ。ルーシッドを通じて腕利きの冒険者を雇っていた筈なのだが……。


「あいつら、依頼者を殺しかねない勢いだな。あれは計算尽くなのか? それとも俺は偶然生き残ったのか?」


 頭に手をあて暫く考えるルーシッド。


「さぁ、どうかしら?」


 そういって彼女は可愛らしい笑顔を見せ首を傾げて見せた。


「まったく、奴らは本当に厄災ペアの名の通りだな」


「本人たちを前に、それは言わない方が良いですわよ」


「マジで寿命が縮む思いをしたぜ」


 まぁ、俺は永遠の寿命を持っているので縮みようが無い。だが、不死ではないのだ。事故に巻き込まれたら死んでしまう。これ、重要な。




 ――おしまい。




◇ ◇ ◇

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