Journey with Mermaid EP.3 廃墟街のメアリ

メアリ1-1

 人魚姫に噛まれた。


 突然のことに私は啞然あぜんとするしかない。

 人魚姫は私が驚くのを見ると、すぐに口を私の手から離す。

 そのまま彼女は飛び退くように私から離れる。


 驚きはしたが、恐怖はなかった。

 今の行動は人魚姫にとって意味のあること。そう考えるのが自然だ。


 彼女は顔をうつむけたままブランケットを胸元で強く握りしめている。

 その様子は今までで一番おびえているように感じる。

 きっと直前までの信頼・協力関係が崩壊したと思っている。

 それだけのリスクを承知で何かしようとした。それは何か。


 いや、このままだと意思疎通の可能性が閉ざされる。考えている時間はない。

 これは直感だ。きっと大丈夫。

 私は包帯の結び目を無理やり引きちぎる。ちぎれた端から包帯をほどく。

 そして、止血用の絆創膏ばんそうこうも剥がす。人魚姫に噛まれた傷はいまだ血がにじむが出血はない。


 人魚姫は怯えるように目を強く瞑っている。

 そんな彼女を刺激しないよう、すぐ隣まで静かに移動する。


「ね、大丈夫だから」


 声をかけられて恐るおそる目を開けた人魚姫。

 彼女は包帯を解いた私の右手を見ると私の顔を覗きこむ。不安を抑えつけながらの真っ直ぐな眼差し。


 私は小さく頷いてから首を傾げてみせる。その様子を人魚姫は静かに見つめる。

 彼女は覚悟を決めたのか、もう一度私の右手を優しく持ち上げると咥えるように傷口を噛む。噛みついたあと、ゆっくりと力が加わっていく。


 塞がっていた傷口が開き、血が浮き出る。

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