愛しのコロロと約束のC(後編)

 消灯時間の夜十時。ベッドの上にはコロロと私。

「いよいよですね」

 月明かりを受けてコロロは笑う。

 悪魔め。

 平穏無事な私の夏を危険な色に染めた小悪魔。月の影がベッドのカーテンに映っていたらおしまいだ。だから私たちはベッドの隅、クローゼットの傍に身を寄せ合って隠れている。

 夏休みで人が少ないとはいえ、舎監の田村ちゃんは今日も廊下を巡回するのだ。

「ここから先はスピードです。でも静かに。いいですね?」

「いいわ、コロロ。早く済ませましょう」

 覚悟は決まった。私はとっくに、この悪魔に負けているのだ。

「嬉しいです、先輩」

 カップの蓋や、加薬の袋はもう開けてある。コロロッチェはポットを傾けて、食堂からせしめてきたお湯を注ぎ込んだ。キレイな手際。まるで音を立てやしない。この子は何だかこう言う、くだらない特技をたくさん持っているに違いない。

 それにしてもコロロッチェ。女子高生の青春に、どうしてカップラーメンが必要なの?

 私は何度もそう聞こうとした。でも言えなかった。お湯を入れて待つ三分間という、とてつもなく長い時の間でも、私は口をつぐんでいるばかりだった。

 コロロッチェが私のベッドにいる。これから二人で禁忌を冒す。どれだけしょぼい禁忌であろうと、私はもうそれで良い。

 コロロッチェ。あなたはワクワクと楽しそうで、なお、良い。

「もういいですね」

 試みにコロロが蓋を開けた。もわっと立ち上る湯気が怖い。

 けれど、これはとても良い匂い。

 ――おかしい。

 私はラーメン自体には、何の興味もなかったはずなのに。

「お腹鳴りますね」

「だめ、コロロ。静かに、静かに……」

「そうです食べましょう。もう食べちゃいましょう、ええ」

 私も自分のを開ける。安っぽいスープの香りが襲ってきた。これはただの、そんじょそこらのカップラーメン。

 なのに何故だろう。恐ろしくお腹が空く。

 私は怖かった。コロロに向けた甘い感情が、安い食欲に塗りつぶされていくのが。私は念じた。こうではない。そうではない。私が犯したい禁忌は、もっと秘めやかなムードのお茶会だったのに。

 ぐう。

 私は腹の虫にも負けたのだ。

「いただきまーす」

「いただきます!」

 私はカップラーメンをかっこんだ。とにかく早く、さっさと平らげようと、それしか考えていられなかった。決して食欲に負けたのではない、本来の感情を取り戻すためなのだと自分に言い聞かせながら……。

 ――先輩、音、出てます。

 コロロッチェの声が、少し咎めていた。

 それでも私は止まれなかった。

 ずぞっ。

 ひと際大きな音を立てて麺を啜り込んだ瞬間、ドアをノックする音が響いた。


 さて、ところでコロロッチェ。

 私はあなたに恨み言を述べたいわけじゃあなかったの。そう聞こえたのならごめんなさい。見つかったのは私の不手際。その点であなたは悪くない。

 けれど、どうしてあなたは、コロロッチェ? あれから消えてしまったの。

 謹慎処分が開けたと思ったら、あなたは転校したんですって? 最初から、そのつもりで私を巻き込んだの? 去り行く前の思い出作りに?

 まぁどこまでも自分勝手なコロロッチェ。だけど賢いコロロッチェ。あなたが私を巻き込んだのは、私ならば絶対に、あなたの事を本気で恨んだりしないとわかっていたからなのでしょう?

 それなら良いわコロロッチェ。思い出をもらえたのは私の方。あの一日は一生の宝物。

 だけどね、一つだけ困ったことがある。今こうして家でカップラーメンを食べてみても、安全過ぎて、ちっとも美味しく感じられないの。こればっかりはあなたのせいよ。コロロッチェ。それぐらいは恨んでもいいでしょう?

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