感情探しは黄昏時に。
葉月 僅
第1話
「別れよ。私よりもっと、幸せにできる人がいると思う。ごめんね」
どこかの恋愛話から取ってきたかのような、ありったけな台詞を使って彼氏を振った。
実際、私より幸せにできる人が出来る人は腐るほどいるはずだと思っていた。
何か悪かった、ということはなくて漠然と、何か違うと思ったから別れを切り出した。
そんな理由だったからこそ、こんな台詞しか選べなかった。
そのありったけな台詞を最後の言葉に選んで、別れを断る言葉を受け付けないような雰囲気を出している彼女だった人を見つめながら、彼だった人は
「そっか。今までありがとう」
笑いながら感謝の言葉をのべて、あっさりと去っていった。
あの人は少し依存しがちな性格だったから、もう少し食い下がるかと思っていたがそんなこともなかったようだ。
「………ごめん、ね。ごめんなさい」
その背中に向けて言った謝罪の言葉は、夜の冷えた空気の餌食となって、届かない。
「……さて、帰りに楽しみにしてたコンビニスイーツ買って帰ろ」
別れた後の少し重い気分を振り払うために私は、近所にあったコンビニによって気になっていた季節限定のスイーツを買って家に帰った。
――――――――――。
「懐かしい夢、見たな。懐かしむほど前のことじゃないけど」
あれから半年。
半年までの間に、あの人のことを惜しくなるというか、俗に言う「大切な人はいなくなってからその大切さが分かる」みたいな感覚はなかった。あったとしても、よく分からなかった。
その半年間のうちに復縁をねだるような連絡はきたけど、一回断ったらそれからの連絡は途絶えた。
連絡が途絶えたときでさえ、私は寂しさを感じることができなかった。
「私って、感情ないのかな……」
聞き手がいない言葉は、そのままあの時とは真逆の、暑くて重い空気に沈んでいく
「それなら、探せば?」
ことはなかった。どこからともなく返答らしきものが聞こえてきた。
けれど、あたりを見回しても私以外誰もいない。一周まわって正面に再び向いたとき。
「やっほー」
目の前に、満面の笑みを浮かべた少年の顔があった。
「…………ひっ」
本当に怖いときは悲鳴なんか出ない。当然、今も本気で怖かったので、喉の奥で悲鳴になるものが、ただの音のまま漏れた。
「まあまあ、そんなに怖がらないでよー。お姉さんの笑った顔のほうが、僕、好きだな」
「え、チャラい」
「え~、チャラいとか言わないでよ、傷つくよ?まあ、怖さをなくせたみたいだから、いいけど。あ、それでさっき言ってたこと。探せば、いいんじゃない?」
「探すって、何を」
「感情だよー。だってさっき、お姉さん、感情ないのかなーっていってたじゃない?だから、探せばって提案、してるの。こうみえて僕、感情を探すプロなんだから!ずっと感情屋をやってるだけ、あるよ」
感情を探すとかいう現実的じゃないことを、目の前にいる現実的じゃない少年にいわれて、私は脳が壊れそうだったから、真剣に考えるのをやめた。
何歳なのかということも気になったが、これ以上深くつっこむと余計に混乱しそうだからやめておく。
「そう。それで、感情屋さん。感情を探すって、どうやって探すの?」
真剣に取り持ってもらえた(実際は真剣ではないのだが)と思った少年は嬉しそうに続けた。
「歩き回るの。とにかく、ずっと、歩き回るの」
「ほえー」
あまりにも不思議な物言いだったから、つい間抜けな声が出てしまった。
そんなこちらの様子に気が付いているのかいないのか、少年は続ける。
「でも、今はだめだよ。時間が悪い。
「じゃあいつがいいの?」
そう私が問いかけたとき、少年は、今までの幼い雰囲気が引っ込んで、妖しげな笑みを浮かべて、
「
ただそれだけ言った。
「黄昏時……」
「そ、黄昏時。藍色の中に赤さが残る時間帯。まわりがすっごく冷たいから、あったかいところが、すっごくあったかくなるんだよ。一日の中で、一番ね」
「ほえー」
本日二度目の間抜けな声。よくわからない物言いをされて、二回目が出てきてしまった。けれどそのころにはもう、元の少年らしい、というよりはむしろ少し幼めな『、』がやたらと多い話し方に戻っていた。
「その例えはよく分からないけど、黄昏時がどのくらいの時間帯かはわかるよ」
「じゃあ、それでいい。僕の言い方、よくわからないって言われるからね」
少年は少し寂しそうに『よくわからない』の部分を言いながら、自分なりの分かり方でいいとの許可を与えてくれた。
「そうなんだ。ま、私もよくわかってあげられないけど……」
「うん、大丈夫~」
「えっと、結局私はどうすればいいの?」
「あ、それね。明日、黄昏時に僕の声が聞こえた、そこの金木犀の木の下にいてよ。そしたら、僕が迎えに行くから、その後一緒に探そ。お姉さんの、感情」
「うん、わかった。……ありがとう?」
「どういたしましてっ」
さっきの妖しげな笑いはどうやって作ったのか、自分の幻覚だったのか、と疑うほどの無邪気な笑み。
疑う材料すらなく、ただただ自分より幼い少年に明日の黄昏時を任せて、私は家へ帰った。
コンビニでは、冷たい色をしたゼリーを買った。
少年の言う、空の冷たさを想像して。
感情探しは黄昏時に。 葉月 僅 @karasudaki_ruiha
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