第2話

 カデンには強がって見せましたが、本当はその場にしゃがみこんで泣きだしたいほど、不安で怖かったです。

 でもそんな事をしてしまったら、カデンは一緒に魔境に入ってくれます。

 境界線では「ここまでだ」と口にしていましたが、顔と態度で分かります。

 私が助けを求めたら、全てを捨てて一緒に魔境に入ってくれたでしょう。


 カデンにそんな真似はさせられません。

 エリオット侯爵家の三男に生まれながら、母親の身分が低かったせいで、侯爵家では虐められていたカデン。

 母親の安全を確保するために、建前上は中立公正な教会で聖堂騎士か神官になり、身を立てようとしたカデン。


 そんなカデンと聖女の神託を受けた私は、偶然教会で知り合うことになりました。

 その時には私もまだ期待されていて、それなりの発言権もありました。

 だからカデンとカデンの母親をかばいました。

 いまだにその事を恩に感じてくれているのでしょう。


 聖女に認定されていたからこそ、姉を差し置いて王太子の婚約者に選ばれたのですが、いくつになっても、何の奇跡も起こせませんでした。

 神託を受けて私を聖女だと認定した教会も、私を王太子の婚約者に選んだ国王も、私の事を利用して権力を伸ばしていた父上も、徐々に態度を変えていきました。

 態度を変えなかったのはカデンだけです。


 私が誇りを捨てて、王太子に身を任せて寵愛を受けていれば、今のような状態にはならなかったかもしれません。

 でも、そんな事はできません。

 何の力がなくても御神託を受けた聖女なのです。

 正式な結婚をするまでは清い身体でいなければいけないのです。

 だから多情な王太子の誘いを何度も拒絶することになりました。

 王太子は私を恨み憎むようになりました。

 王太子恨みと憎しみをアメリアが利用したのです。


 過去を思いだして心をふるい立たせ、不安と恐怖と絶望で座り込みそうになる足を前に進めました。

 少なくとも、ずっと境界線で見守ってくれているであろう、カデンに察せられないくらい奥まで歩かなければなりません。

 そう気合を入れ直した時に、信じられないモノが目に飛び込んできました。


「まあ!

 なんてかわいいのかしら!」


 思わず口に出してしまっていました。

 それでなくても歩きなれていないのに、魔境という人の入らない、道のないところを歩くのですから、もう疲れて足が上がらなくなっていました。

 それが、純白に光り輝くムクムクの毛に覆われた、心が鷲づかみにされるような可愛い子犬を見たとたん、疲れが吹き飛んで走り出してしまいました!


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