4.繰り返される「新しい時代に必要な能力」論 

 「学力だけあってもダメだ、これからの時代を生きるための新しい能力が必要だ」、こういった言説を聞いたことがあるのではないでしょうか。社会を大きく変える技術や原理など、時代の節目節目に言われてます。

 今回は、「学力ではなく、新しい能力」という似たような話は少なくとも100年くらい繰り返されている、という話です。


1.どんどん出てくる新しい能力


 (しばらく似た例が続くので、軽く読み飛ばしてください。)

 例として、まず、学習指導要領1998年改訂における「生きる力」を見てみましょう。


 これからの子供たちに必要となるのは、いかに社会が変化しようと、自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力であり(中略)こうした資質や能力を、変化の激しいこれからの社会を[生きる力]と称することとし、これらをバランスよくはぐくんでいくことが重要であると考えた。


 これからの教育は、生きていくための多様な能力を育てていく方向に舵を切る、という表明といえます。


 続いて、08年改訂前後から盛んに言われた「キャリア教育」=「一人一人の社会的・職業的自立に向け,必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して,キャリア発達を促す教育」の考え方です。


「キャリア発達にかかわる諸能力」の4能力8領域(文科省2006)

○人間関係形成能力【自他の理解能力】【コミュニケーション能力】

○情報活用能力【情報収集・探索能力】【職業理解能力】

○将来設計能力【役割把握・認識能力】【計画実行能力】

○意思決定能力【選択能力】【課題解決能力】


 児童生徒が将来自立した社会人・職業人として生きていくために必要な能力や態度、資質として、「人間関係形成能力」、「情報活用能力」、「意思決定能力」、「将来設計能力」の「4つの能力」を示しています。

 

続いて、AIやIoTが普及した「超スマート社会」において必要な能力を、文部科学省が示したものです。


「Society 5.0 に向けた人材育成~社会が変わる、学びが変わる~」

 共通して求められる力として、①文章や情報を正確に読み解き、対話する力、②科学的に思考・吟味し活用する力、③価値を見つけ生み出す感性と力、好奇心・探求力 が必要であると整理した。

 まず、知識・技能としての語彙や数的感覚などの学力の基礎に加え、文章や情報を正確に理解し、論理的思考を行うための読解力や、他者と協働して思考・判断・表現を深める対話力等の社会的スキルなどが重要である。

 加えて、現実世界を意味あるものとして理解し、それを基に新たなものを生み出していくことは、AI によって代替できない人間ならではの営みであり、自然体験やホンモノに触れる実体験を通じて醸成される豊かな感性や、多くのアイデアを生み出す思考の流暢性、感性や知性に基づく独創性と対話を通じて更に世界を広げる創造力…(以下略)


 教育分野以外でも、例えば第1回で少し示した「社会人基礎力」は、経済産業省が2006年から示している「仕事の現場で求められている能力」です。


前に踏み出す力(アクション) 主体性・働きかけ力・実行力

考え抜く力(シンキング) 課題発見力・計画力・想像力

チームで働く力(チームワーク) 発信力・傾聴力・柔軟性・

状況把握力・規律性・ストレスコントロール力


 要するに、単純な知識の習得のみでなく、むしろ能力の多様性を積極的に肯定し、バランスよく育成することを重視する姿勢がうかがえます。

 

 海外も見てみましょう。2000年に第1回調査があり、世界各国の教育政策に多大な影響を及ぼしたPISAが求める能力「キー・コンピテンシー」です。翻訳なので多少捉えにくい表現もありますが、先ほどまでと大差はありません。


OECD「キー・コンピテンシー」

①自律的に行動する能力

 「大きな展望」の中で活動する能力/人生と個人的プロジェクトを設計、実行する能力/自らの権利、利益、限界、ニーズを守り、主張する能力

②社会的な異質の集団における交流能力

 他者とうまく関わる能力/協力する能力/対立を処理し解決する能力

③社会・文化的、技術的ツールを相互作用的に活用する能力 

 言葉、シンボル、テクストを相互作用的に活用する力/知識や情報を/技術を

        

 …ご覧の皆様も飽きてきたかもしれません。

 要するに、多様な能力を評価し育てていく、という方針はすでに十数年前から強調されてきた路線であり、様々な形で言い方を変えながら続いている、ということです。(事細かに見れば違いはあるのかもしれませんが、そもそも類似の議論との微細を考慮して作られているかは疑問です。)


2.対置される知識偏重


 こうした「学力ではなく、新しい能力」議論では、過去の教育を知識偏重だと批判する論が展開されます。

 しかし、そもそも過去は、知識量だけが評価され「新しい能力」が評価されない時代があったのでしょうか。

 実際には、かなり以前から多様な能力を評価する考え方は広く存在しました。


 例えば、一般レベルでも「ガリ勉」という俗称があります。基本「勉強ばかりしていて、浮いている・融通が利かないこと」を揶揄する表現です。(こうした人を侮蔑することに対して、懸命に勉強していることの何が悪いというカウンターとしての用い方もありますが。)

 「ガリ勉」の語はすでに1960年代には使用されていたようです。この語が生まれた背景には「勉強だけではダメ」という価値観があるわけです。


 また就職場面においても、例えば、まだ大卒者が極めて限定的だった1930年の就職対策本に、こう書かれています。


「三菱ではどういう人を採用するかといえばいうまでもなく人物本位である」

(壽木孝哉『學校から社會へ』1930)


 およそ100年前から、実態はともかく人物本位で採用するという語りはなされてきた、ということが言えます。

 これは諸外国にも多数みられます。例えば、1957年にアメリカ中流階級における成功の要因がこう記述されています。


特殊な才能や管理的手腕があれば、昇進の可能性が増すだろうが、それにも増して重要な条件は人柄である。それは、具体的には、「性格や風采や魅力によって他人の注意を惹きつけるような」人柄であり、「好ましい人柄の裏付けのないたんなる博識はかえってマイナスであり、人柄がよくて勤勉であればこの上ない」

(Mills,C.Wright"White Collor:The American Middle Classes"1951、杉本訳1957)

※風采(ふうさい):容姿・服装・態度など見かけの様子


 このように見てくると「かつては知識や学力ばかり求めていたが、最近は人格やコミュニケーション力も求められるようになっている」とは言えないことがわかります。


3.なぜ「新しい能力」が作られるのか


 なぜ、このように似たような能力の議論が次々生まれるのか。それはこれから「能力」の歴史を見ていく中でも見えてくるものですが、大きな要因に「能力」という考え方が持つ力の大きさがあります。

 世の中を説明したい、時代に対応したい、どんな能力が必要か示せれば進むべき方向は明確です。

 そこで「新しい能力」の定義を試みます。しかし、第1回から述べているように、能力というもの自体があいまいなものですから、明確な「答え」は生まれません。間違いか正解か「答え合わせ」もできんから、過去を検証しないまま次々に新しく生みだそうとしてしまいます。

 そして、新しく生み出そうとしても、あらゆる職業や場面に当てはめようとすればするほど、何にでも当てはまりそうな陳腐な「能力」を並べることとなります。使い古された言葉を、あたかも新しいかのように看板をかけ替えることが繰り返されるのです。

 現代、社会はこう発展すべきだ、という共通の理念はもはやないと言えるでしょう。そうした不安から、空虚な能力論はより生まれやすく、影響力を持ちやすくなっているかもしれません。

 人々が能力を欲する現象については、「能力不安」の回などでまた述べていきます。


(5.能力は示せるか、測れるか につづく)


【第4章の参考文献】

◆中央教育審議会「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について(第一次答申)」1996年

◆文部科学省「小学校・中学校・高等学校 キャリア教育推進の手引 -児童生徒一人一人の勤労観、職業観を育てるために-」2006年

◆文部科学省「Society 5.0 に向けた人材育成~社会が変わる、学びが変わる~」2018年

◆経済産業省中小企業庁『「我が国産業における人材力強化に向けた研究会」(人材力研究会)報告書』2018年

◆OECD“THE DEFINITION AND SELECTION OF KEY COMPETENCIES:Executive Summary”2005年

◆壽木孝哉『學校から社會へ』先進社、1930年

◆杉本孝『ホワイトカラー ―中流階級の生活探求』東京創元社、1957年(原著:Mills,C.Wright“White Collar:The American Middle Classes” Oxford University Press 1951年)

◆中村高康『暴走する能力主義 ――教育と現代社会の病理』ちくま新書、2018年


☆本文は、2019年5月に公開した自作動画「ゆかりアカデミー 能力とは何か④」の内容を加筆修正し、2020年3月に投稿したものです。

2020年3月 がくまるい

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