第一章 第3話 初めての食堂②
朝から極度の緊張に怯えつつも友達としての一歩を踏み出した剛は、克之に促されてシャワーを浴びると、緊張しながらもグループルームを出てⅣセクションの共有スペースに出た。
「おいおい、初めてのお使いじゃねーんだからさっさと行かねぇと時間無くなるぞ?」
腕を組み、呆れた様子で見送った克巳の姿は、自動で閉まった銀色の扉に遮られて見えなくなってしまった。
たまたま誰も居ない共有スペースに締め出され急に孤独感に苛まれるが、やるべき事をやらずにここから追い出されては叶わない。
(よし……行くぞ)
一人で行動する事自体は慣れたもの。 ただ見知った風景でない事に不安を覚えつつも洗面所を兼ね備えたトイレに立ち寄り用を足し、Cパケッツのメインスペース《ルーエ》へと続く扉を開けたのだった。
3つも並んだジャーの中に残されていた白米をよそい日本人なら誰しもが知る玉子のふりかけをかけると、フリーズドライで塊となった味噌汁をカップに入れてケトルで沸かしたお湯を注いだ。
食堂スペースに用意されていたのはずらりと並んだレトルト物の山と一般的な保存食。 カレー、ハヤシライス、牛丼、中華丼に親子丼擬きと、ここはスーパーの売り場か!と言うほどにそれぞれに対しても種類が豊富でどれを食べようかと迷いそうなほど。
隣の棚には缶詰の展覧会が開催され、サバの水煮や牛肉の煮込み物、コーンビーフやスパムと言った定番から、焼き鳥に牡蠣のオイル漬けなどのオツマミに加えて、とうもろこしやトマトのスープなどもある。
そして、パイナップルや桃に蜜柑などのフルーツに並び、缶詰にされたパンやビスケット系のオヤツが入った物まで用意されていた。
更に隣の棚にはハンバーグや海老チリ、筑前煮、豚の角煮や焼き魚に煮魚と言った真空パックされたおかずが並べられ『賞味期限早し!』とデカデカと手書きの紙が貼られている。
レトルト物に興味を惹かれはしたが、少ししたらお昼と言う事もあり軽めの朝食にした剛。 ポツポツと居る食事中の人を避けて端っこに座ると、パンドラでの初めての食事を口にした。
「やぁ、少年。 昨晩は満足出来る夜であったか〜い?」
其処彼処空いている席ばかりだと言うのにわざわざ隣の椅子を引いたのは、黄色のナースキャップを頭に乗せた黄色いワンピースを着た小学生。
大人用に設計された椅子と机は彼女には少し大きく、不釣り合いながらも、手にしたコーラのペットボトルを ドンっ と机に置き腰を降ろした。
「なんだ、その様子だとあまり思わしくなかったのかなぁ? それなら今日の夜のお共を探さねばならぬのだな? そうかそうか、それは大変だのぉ。 お姉さんは若い君を応援してあげるから今日もコレを進呈してしんぜよう」
意味不明な誤解に水を差すべく咄嗟に伸びた剛の手。
またアレを取り出そうとポケットに入り込んだゆうこりんの手を掴めば「なんぞ?」と驚いた顔をしてみせるものの、何故か頬を赤らめ始め、あたふたと動揺している。
剛からしてみればそんなお節介は頼むから止めてくれと叫びたい心境が故の行動であったのだが、残念ながら相手はおかしな誤解をしたゆうこりん。 剛とは違う道ながらも、人付き合いの苦手な剛の更に上を行くコミュニケーション能力の持ち主であった。
「なっ!? ま、まさか……ここに来た初日からCパケのボスであるこの私に手を出そうと言うのか!
なんという大胆な戦略! なんという積極的な攻撃姿勢! しかもてっきり “受け側” かと思えばまさかの “攻め側” だったとは……。
最初に妾を落とせば後が楽、つまりそういう事なのだな!? ふふふっ、良いだろう、良いだろう。 貴様の望み通りその毒牙で我を服従させてみるが良い! その勝負受けてた……ぁ痛っっ」
「守るべき病院側の人間が守られる側に攻めてどうするのよ。 見てごらんなさいよっ、ドン引きしてるじゃない、彼」
座ったばかりの椅子から立ち上がり、頬を染めたまま人差し指を突き付けていたゆうこりんだったが、自分の世界に夢中になりすぎて周囲への警戒を怠ったようだ。
背後から普通に近付いた美人看護師咲の繰り出した手刀を脳天で受けると、黄色のナースキャップがへし折れ二つ山となったまでは良かったのだが、そのポーズで固まったまま剛に向かい倒れて行く。
ワザとか、不可抗力か、それは本人にしかわかり得ない。
倒れ行くゆうこりんの顔が目指す先は剛の股の付け根、つまり俗に言う “股間” と言う場所だ。
座った姿勢では逃げるのも間に合わず、受け止めるか、成り行きに任せるかの二者択一であったのだが、後者を選ぶ勇気など剛にあるはずもない。
「うゎあぁああっっっ!?」
小学生の様に小柄なゆうこりん、日課の筋トレで鍛えられた腕で慌てて押し返せば力の加減など出来ずに勢い余って咲のところまで飛んで行く。
「ちょっ!? 要らないわよっ!」
だが美人顔に皺を寄せて目を細めると、バスケットボールでも扱う様に小さな頭を両手で掴んで投げ返せば、「僕も要りません!」と悲痛な面持ちで再び投げ返したものだから、起き上がり小法師の如く、ゆうこりんの足を軸に剛と咲の間を行ったり来たりと何度も繰り返す羽目になった。
「………………」
「要らないってばっ!」
「……僕も要りません」
「要らないじゃないわよっ、やめてよ」
「咲さんこそやめて下さい」
「何で私の名前知ってるのよ、ストーカー?」
「違います! 玲奈さんが「咲さん」って呼んでたじゃないですか」
「何? 玲奈のストーカーなの?」
「違いますっ! 姉の友達なだけです」
「どうだかっ、怪しいもんね」
『ええ加減にせんかぁぁっ!!』
遊び道具と化した事に白い目をしながらもされるがままになっていたゆうこりんであったが、幾度目かの往復で我慢の限界を迎え爆発した。
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