THE・PHANTOM
黄田毅
第1話 悲劇の始まり
真夏のビルの屋上でタバコの煙を肺に入れ、吐き出す。流石は東京と言った所か、都市部から少し外れた位置にこのビルは位置しているが、下の道路では平日の昼間でさえも人の往来が絶えることはない。
俺(『西野比莎士』)はこのビルの会社員である。今は昼休憩の時間であり、先ほど社内食をとり、ニコチンを摂取するため屋上に上がってきた。
別に社内の喫煙所を使ってもいいのだが、ここはあまり人が来ないので心を落ち着けるにはかなり良い場所だ。ただ、夏は暑く、冬は寒いというのは少々ネックなところだが。
1本吸い終わり腕時計を見る。まだもう一本は吸えそうな時間があるので新しいタバコに火をつける。しかし、まぁ少し暇なのでスマホでニュースを見ようと思い、柵に背中で寄りかかり電源をつける。
「お、『ファントム』のニュースか、最近は見てなかったな。」
このファントムというのは白い仮面をつけた人々の名称である。少し前から発生しており、病気ということになっている。というのも、この現象が発生するのは予測不可能なもので、なりたくないものまでなってしまうということが起きているので病気とされている。
ファントムは常人の倍以上の能力を手に入れることができるというもので、その力を手に入れたことをいい事に、犯罪が横行されている。
内容はコンビニ強盗を2件したという事件であり、未だ逃亡中なようだ。
「せっかく超人的な能力を手に入れられてるのにこんな小さい事をするなんて、もったいねぇなぁ。」
嘲笑しながらニュースを見ていると、
「小さいとか大きいとかなんて言うものじゃないわ。その力を利用して悪用していることに変わらないから。」
そう言いながら出入口から黒スーツの女性がタバコに火をつけながらこちらへ歩いてきた。彼女は比莎士の上司である天王寺
「天王寺先輩、でも人より倍ぐらいの力が仮面が付くぐらいで手に入るんですよ?やるならもっと大きいことしたくないですか?」
「あなた、意外とさらっとすごいこと言うのね。けれど、その力の代償としてはかなり重いものを背負わされるけどね。」
この『ファントム』には大きな弱点といえるべき点がひとつあり、それは『自分以外の他人に自分がファントムだと認知されると能力を失ってしまう』という点だ。どうやら、ファントムの面は着脱自由なようで、つけている時は超人的な力を、外している時は一般人と、上手く世間に紛れているらしい。ただ、自分がファントムになる時に人に見られたり、ただの一般人に戻るために仮面を外す時に見られたりすると、その人に認知されたとして仮面が消えるそうだ。
仮面が無くなればただの人、ファントムでいるだけで重罪であるこの世の中ではその面が外れても重罪であることには変わらない。つまり、ファントムにとって仮面が無くなることは力を失うことと、力を失った後に捕まり、重く罰せられるという二重の意味を含んで弱点とされる。
「まあ、実際なりたいかって聞かれたら嫌ですね。」
「そうだよね。」
屋上なので風が強く、先輩の長い髪がたなびいている。その姿はまるで絵画の中のようだと比莎士が見とれていると、
「比莎士くん。ボーッとしてないで早くしてね。5分前にいてないと課長、うるさいから。」
それほど長く見てしまっていたのだろうか、先輩は既に吸い終わっており、コツコツと音を立て、手を振りながら出口へと向かっていた。自分の持っていたタバコも1回吸っただけなのに半分以上が灰になっていた。時計を見るともう少しで5分前になろうとしていた。
「やっべぇ。はやくいこ。」
残りを吸い、火を消し、戻ろうとすると出入口から1人、男の人がやってきた。
「あれ、今から吸うのか?あともう少しで休憩終わるのに...」
訝しげにその人を見ると男の顔には白い仮面が着いていた。
「なっ...!」
まるで蜘蛛の巣にかかった蝶のように動くことも、逃げることも出来なかった。いや、本来は出来たのだ。ただ、脳はそう思っても体が動かない。そう自分の体と苦闘しているうちも、仮面の男はにじりよってくる。男は暗めの青いスーツ姿で少し痩せ型。仮面はどこかの誰かから型どったような精巧さで、その表情は怒りや憎しみが込められているように見え、それはまるで『デスマスク』のような表情だ。
そして突如として走り出し比莎士の胸ぐらを掴み、柵の外へと吊るし出す。その速さはまるでバイクが走ってきたかのように感じ、反応が出来なかった。それに加わって成人男性の体を軽々と片手で持ち上げる腕力にも驚愕する。
「がっ....。」
首が締まり、意識朦朧とする中、ふと声が聞こえた。
「なんでお前が....天王寺さんと....ふざけるな....あの人は.....俺と.....お前じゃない.....」
所々しか聞こえないが天王寺さんというと心当たりがあるの一つだけ。そしてこの男の言動から推察するに会社の誰かだろう。だが、そのだれかが分からない。先輩には思いを寄せている同僚は多く、比莎士にはある種の恨みの念を抱くものも少なくなかった。その中から考えるのは不可能。
そう考えている内に
「あの人の下にいるのも、横にいるのも俺でいいんだ....俺じゃなきゃダメなんだ....俺じゃなきゃダメなんだよ!!」
首元をきつく締めていた手が緩む。
「お前は邪魔だ。いらない。いらないから....
死ね。」
手は離され、比莎士は落下する。ここは10数階あるビルの屋上。落ちれば確実に死ぬ。
しかし、この状態では何もすることは出来ない。
ただ、地面にぶつかり自分が叩き潰されたトマトのようなものになるのを待つしかない。
(なんで....なんでこんなことに....)
落下する中で比莎士は思う。あの男は恐らく天王寺先輩関係のことでこんなことをしたのだろうがここまでするか?
不合理だ。不合理すぎる。
こんなことでなぜ死なないといけない。
なんで顔も分からない変なやつに殺されなければいけない。
心の中で何か黒いものができるのを感じる。
(ふざけるな....絶対に....絶対にゆるさねぇ。殺してやる....殺してやる!!!)
「おやおや、起きてそうそう物騒なことを考えてますね。」
どこからか声が聞こえた。先程の男の声とは違う。言葉で表すとしたらペテン師のようなスカした声、口調である。すると周りが急に暗くなり、比莎士の頭上に先程見た白い仮面とは少し違う無表情の仮面が現れた。
「な、なんだお前!」
「何だと聞かれましても私にも分かりません。」
は?こいつは一体何を言っている。お前は誰だと聞いて帰ってきた答えが自分も分からないとか会話が成立してない。
「私はあなたが知っていることを知っています。言い換えればあなたが知らないことは私も知りません。なので私が何なのかも分かりません。」
「待ってくれ...話がわからない。その仮面.....お前はファントム...だよな?」
「ふぅむ....。まぁ、あなたが私をそう呼んでいるのであれば、そうなのでしょう。」
「じゃあ、何故俺の前に現れた。ってかどこから出てきた?」
白い仮面は無表情ではあるが少し困ったような仕草をし、
「何故か?と聞かれましたら、まぁ、簡単に申し上げますと、あなたに死なれたら私も死んでしまいますので助力をするべく参上しました。そして、どこから?と聞かれましたら、先程同様あなたが分からないので私も分かりません。」
会話が少しややこしい。とりあえず俺の疑問に思うことを問いかけても無駄ということはある程度わかった。ただ、それよりも
「助力っといったな。今の俺の状況を助けてくれるのか?」
「そうですね。死なれたら困りますので、まぁ、その代わりにはあなたには私のこの仮面をつけて頂きますけれども。如何なさいますか?」
仮面をつける。即ち俺にファントムになれってことだろう。正直、なりたくはない。ファントムとしての生活は生きているだけで重罪という俺にはハードすぎるものだ。だが、
「四の五の言ってられる立場じゃないしな。いいぜ。つけてやるよ。けれどよ、必ず助けろよ?」
「おや、意外と早く受け入れてもらえるのですね。あなたの記憶ではあまり私に好意的ではないので、説得には少々苦労すると思っていたのですが。」
あざけ笑うようにファントムは言った。仕方ないだろ、断ったら死ぬんだ。死ぬぐらいならファントムになってやる。ついでにあの男にも復讐してやる。
「でもまぁ、話が早く進むのは私は好きです。これからよろしくお願いします。西野比莎士。」
「...,あぁ。こっちこそなファントム。」
白い仮面がゆっくりとこちらに近づき俺の顔の近くまで来ると周りの景色が戻り、先程の落ちて行く感覚が戻った。そしてここで俺は気づいた。
「俺はこの力を使ってどうやって助かればいいのか考えてなかった!!!!」
そのまま俺は落下していき、心無しかそのスピードが徐々に上がっていっているような気がした。
すると体の中から先程の声が聞こえ、
「しょうがないですね。初回サービスです。私があなたの体を動かしてあげます。」
それだけ言うと俺の体が急に動き、俺では再現不可能な動きをし、硬いコンクリートに着地した。
足には少しジーンと来る痛みがあるがそれぐらいしかない。
「嘘だろ。あの高さからでこの痛みってまじで人やめたのか俺。」
目の前にあるガラス張りの建物に映る俺の顔には先程の無表情の白い仮面がつけられていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます