第53話 「仮称『命令魔術』」

 魔力を介して相手の精神に干渉する技、精神魔術。肉体的な損傷を伴わない攻撃手段でありながら、実戦において時に物理攻撃より効果を及ぼす。

 精神魔術の利点は数あれど、俺が一番注目したのは『リーチが長い』という特長だ。例えば酒の味や匂いで人を惑わす『アルコホリック・パーティー』は、匂いが届く範囲全てが間合いとなる。

 仮に、匂いではなく音で作用する精神魔術があるとしたら? 音の届く範囲全てを間合いに出来るとしたら。武器の届かない地点にも攻撃する手段になり得る。


 言葉に願いを乗せて。強欲に、悪辣に、人さえ支配する傲慢さを声に変える。魔力と心は紙一重。故に敵を組み伏せようとする心は敵を倒す魔力になる。

「止まれ!」

 俺は強く念じて叫んだ。単なる言葉じゃない。これは魔術だ。


「はぁ?」

 キョウカは目を細めて額にシワを寄せた。彼女が動きを止める様子は無い。

 失敗だ。今の出力じゃ足りなかった。この一言でキョウカを止める気でいたのに。


「くっ……! 止まれ。止まれ。止まってくれ!」

 何度も同じ言葉を口にする。しかしどうも上手くいかない。今編み出そうとしている新魔術……仮に呼ぶなら『命令魔術』は。

 声に精神魔術を付与して、聞いた者に動作を強制する魔術。そんな事が出来れば強いだろうなと思って試したみたけれど、やっぱり簡単には成功しない。

 似たような効果の人術はあるらしい。でも人術教室の生徒の誰も、そんな技は使えていなかった。グリミラズなら使いこなせるのだろうか? くそっ、だったらもっと精神系の人術についても奴に聞いとけばよかった。

 結局は素人の見様見真似だ。正直言って得意分野じゃない。それでも何かしらの引っ掛かりがあればと、試したが無理だった。


 何が足りないんだろう。手探りで進む俺は、少なくとも知識が足りない。

 キョウカは訝しみながらも攻撃の手を止めなかった。

「いい加減に……大人しく……してくれっ!」

 キョウカの猛攻を避けながら俺はヤケクソに叫んだ。するとキョウカはいきなり手を止めて、四つん這いの体勢で後退した。

「……えっ?」

 もしかして成功したのか? 恐る恐る様子を見ると、キョウカは苦しそうに胸を抑えていた。

「貴方……今、何を……っ!」

 キョウカは激しく過呼吸する。体をフラフラと揺らしながら、ついには嘔吐した。

「え、えええ!?」

 ただ動きを止めるだけのつもりが、予想外の結果になった。俺の魔力がキョウカの体調を崩した? こんな事になるなんて、申し訳ない気持ちになる。

「ご、ごめんキョウカ!」

 俺は彼女を心配して手を差し伸べた。するとキョウカは忌々しげに俺を睨んで手を払い除けた。

「私に……命令するな!」

 その瞬間、体が硬直した。キョウカの迫力が怖いから……ではない。印象だけに留まらない強制的な力が、全身に働いている。

 金縛りにあったように動けない。これが……もしかして『命令魔術』の成功例か? キョウカの声が、俺の精神に干渉して肉体をも縛っている。俺は何をするのも許されなかった。


「二人とも、そこまでだ」

 俺は動けなくなって困惑してる間に、ザハドは俺の目の前に立っていた。キョウカに背を向けて立つ彼は、そっと俺の目元に手を添えた。何も見えない。

「もう訓練が出来る状況じゃあない。行くよ、アレイヤ。キョウカはそこで待ってて。保健室の女医を呼んでおくから」

 ザハドは俺の目を隠したまま俺を連れて引っ張った。

 普段は冷酷に毒舌を吐き散らすキョウカが、今は静かだった。

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