第51話 「仮説、検証」

「じゃあ行くよ。まずは小手調べから。秘策があるなら見せてくれ!」

 ザハドの周囲に嵐が起こる。風魔術か。いや岩の破片が風で舞っているのを見るに岩魔術も兼用か。雨まで降り始めたから水魔術まで同時使用している。三つも魔術を同時に? 無茶苦茶すぎる。

「なんで台風起こしてんの!?」

「見栄えがいいだろう?」

 当然だとばかりにザハドは言った。彼の周りに顕現した台風は、どんどん勢力を大きくしていく。あんな風速を維持してたら魔力がみるみる枯渇するはずだ。俺は風属性の上級魔術は数秒しか継続出来なかった。

 そうか。これが魔力のコスパの違いか。以前の俺は無駄に魔力を消費しすぎていて、ザハド達は最低限の魔力消費で抑えている。だから強力な魔術を長時間使えるんだ。


 でも今の俺なら効率よく魔力を使える。魔術の撃ち合いでもリソース差で負けはしない。こっちも魔術をぶつけて相殺を……。

 じゃないな。相手が魔術攻撃してくるなら、試してみるべき事があるだろ。

 魔術無効化。防護魔術の進化。まだ理論でしかない新戦法を現実にする時が来た。

「来い! ザハド!」

 俺はザハドと向き合って仁王立ちした。抵抗の素振りを見せない俺に、ザハドは怪訝な顔をする。

「何を企んでるのかい? 防護魔術で受け止める気かな?」

 ザハドの台風は一層荒れた。風は俺目掛けて飛び、それに合わせて岩の破片が群れとなって襲う。食らえば無事で済まない。だからこそ試す価値がある。

 俺は防護魔術の準備をする。しかしイメージするものは『反発』ではない。魔術を拒むのではなく、流す。ベクトルの向きを、いつもとは別に。


 岩の破片は俺の眼前に到達した途端、明後日の方向に飛んでった。およそ想像を超えた挙動に、この場の誰もが驚愕していた。

「むむ? 何が起きた」

 ザハドは首を傾げた。従来の魔術理論ではあり得ない現象だったからだ。防護魔術は魔術を減衰はすれど、あらぬ方向に飛ばしたりはしない。ましてや今の岩の破片は……。

「跳ね返った? しかも、

 キョウカは現状を的確に言語化した。俺の新防護魔術は、触れた岩魔術を強化しつつ跳ね返した。防護魔術が減衰効果を望むものと考えると、不自然な話だ。

 原因なら想定出来た。魔力ベクトルの積が、俺の想定した結果と違ったからだろう。つまりは計算ミス。掛け算でベクトルを0にするつもりが、むしろ増大させてしまった。魔術が消失せず変な方向に飛んでしまったのも、それが理由だと思う。


「これは……あんまり便利でもないかもな」

 正直冷や汗をかいた。間違って跳ね返しちゃったけど、その方向が俺に向いていたら岩に激突していた。しかも威力が増した状態で。人術の防御を含めても、岩が体を貫通する可能性は十分にある。

 消失魔術は命がけだ。気軽に使える技じゃない。下手すれば防護どころかダメージを増加させてしまう危険を孕んでいた。


 だったらどうする? やめるか?

 冗談だろ。命くらい賭けられなくて、どうやってグリミラズを倒す。練習で日和ってるようじゃ、本番なら尚更慄くだけだ。俺の復讐は、そんな甘えたものじゃない。

 本気なんだ。口だけじゃない。心の底から。

 だったら俺は俺に示さなくてはならない。俺の覚悟ってやつを。


「よく分からないが、面白そうじゃあないか! もう一回見せてくれよ、それ!」

 俺の新技にザハドは興味津々だ。再度竜巻を起こし、風に乗せた岩の弾丸を放ってきた。

 先程よりも高速かつ高威力。失敗は許されない。この技術をものにするために、全神経を集中させる。

 より正確なイメージを。その手段はキョウカに教わった。この魔術を表現するに相応しい名前を付けるんだ。言葉のニュアンスが、俺の想像をより一層現実に近付ける。

「『マジック・ネグレクター』!」

 想像を固定し、俺は叫ぶ。より鮮明になった空想は、計算違いなど起こさずに精密な職務を実行した。魔術を無視し、0にする究極の防護魔術。名前を与えられた時、机上の空論は真説となる。


 風は止んだ。もう攻撃する意味は無いとばかりに。しかし本当は攻撃そのものが消えたのだ。

「……嘘だろ」

 ザハドは絶句し、茫然と手を伸ばしていた。彼の魔力を込めた台風は、その存在を忘れ去られたかのように消え失せた。静かな、静かな時間が流れる。

 成功したんだと、俺はようやく気付いた。グリミラズがやったのと同じ、魔術消失現象。それが俺の手で再現されたんだ。


「防護魔術? あるいは具現化魔術の寿命を加速……ううん、あり得ない。こんな一瞬で魔術を掻き消すなんて、理論上あり得ない!」

 あの冷静なキョウカでさえ困惑していた。当然だ。これが言わば具現化魔術の否定。この世界の人類が3000年以上かけて積み上げてきた理論の否定だ。常識の転覆だ。

 だからこそ、この発見は革命だ。新たな理論を以て、古い理論は上書きされた。人類が続けてきた勘違いをここに論破した。現実を上回る現実がここにはあった。

「魔術消滅の技……。これ、君が考えたのか?」

 ザハドは心底驚いているようだった。俺に対して敬意の眼差しを向けてくれているザハドだけど、その評価は受け取る訳にはいかなかった。

「いいや。これはグリミラズが編み出した理論だ」

 俺はそれを真似たに過ぎない。だとしても、この世界にとっては衝撃の新事実かもしれない。異世界の住人二人が、この世界の常識を打ち破った。防護魔術を究極の域にまで極めた到達点だ。故にこれは、魔術戦で勝敗を分かつ切り札になり得る。

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