第50話 「具現化魔術ってそもそも何だ」
「まぁ待ちなよ。その前に具現化魔術について教えてあげなよ。でなきゃ不公平だ。具現化魔術概論は後期の授業だろ? アレイヤは習ってないのに君だけ独学で極めてるのズルいと思わないか?」
戦闘訓練の前にザハドが提案を持ちかけた。キョウカは「はぁ?」と眉をひそめた。
「ズルいって何。その言葉が一番ズルくない? 勉強してない人にしてる人が合わせるなんて……」
キョウカは不満げだった。具現化魔術において素人の俺に、わざわざ時間を割いて教えるなんて嫌なんだろう。教授する事は無料じゃない。タダで教えて貰おうなんて都合の良い話を無理強いする訳にはいかなかった。
「そうだよな。キョウカが嫌なら仕方な……」
「は? 何言ってんの。そんな消極的な姿勢で頂点を目指すとか偉そうな事口走ってた訳? 情けないと思わないの?」
「えぇっ!?」
キョウカに気を遣って断ろうとしたら叱られた。どう答えれば正解だったんだこれ。
「いいから教えてあげる。真剣に聞きなさい。さもないとその無駄な耳、引きちぎるから」
さらっと恐ろしいフレーズが出てきたけど、要するに具現化魔術について教えてくれるらしい。なんだかんだでキョウカは優しいな。
「素直じゃないんだよ、キョウカは」
ザハドは俺に耳打ちした。キョウカはこちらをじろりと見て「何?」と威嚇。
「ははは! 何でもないさ!」
ザハドは笑いながら俺の背後に隠れた。俺を盾にするな。
「そもそも魔術が発動する仕組みは分かってる?」
キョウカ大先生、臨時の講義が始まった。まず最初に基礎中の基礎から始まる。
「知ってる。魔力を体内の変換器を通して……」
「そう。精神を元にした魔力エネルギーを体内で変換、現象化する。何かしらを顕現させる方向に魔力リソースを割いたのが具現化魔術よ」
「………………」
キョウカ大先生は生徒の発言を認めないそうです。では何故疑問形で話した。
キョウカ大先生は眼鏡を押し上げて講義を続けた。
「具現化魔術は単純にして強力なの。でも万能じゃない。単純な構成のものしか作れない、近くにしか作れない、気体の内部じゃないと具現化が難しい、自分以外の生命の近くだと魔力干渉を受けて失敗しやすい……他にも色々制限がある訳」
へー。それは初耳だ。冷静に考えてみれば、色んなものを手軽に生成出来てしまう魔術は強すぎるよな。何かしらの制限が無いと、今頃みんな具現化魔術の強さに甘んじて世間が混乱したかもしれない。何事もリスクとリターンは同程度なのだ。
「でも私の『トラップメーカー』は別。複雑な構成を作れて、ある程度遠くにも発生させられて、固体や液体の中にも作りやすいの。そういう方向性に魔力を割いたから」
改めて聞かされるとイカれた性能してるな『トラップメーカー』。今さっき具現化魔術の欠点を列挙しておいて、その殆どを一瞬で否定したぞ。
でも、欠点があるんでしょう? ってかあるわ。俺がこの前看破したわ。
「……貴方の言いたい事は分かるわ。高性能な代わりに『トラップメーカー』特有の欠点もある。喋らないといけないの。どういう罠を作るか、ハッキリとイメージするためにね。具現化魔術の魔力変換部位は大抵手とか足だけど、『トラップメーカー』は口なの」
キョウカは罠を具現化する寸前、「爆ぜろ」「転べ」とか命令形で喋っていた。それは気合を入れるためや敵を威嚇するためじゃなく(そういう意味もあるかもしれないけど)『トラップメーカー』の発動条件の一つだ。具現化する対象を相手にバラしてしまうが、それは仕方ない。
「イメージって大事だから。どの具現化魔術でもね。イメージが曖昧だと失敗しちゃうの。だから名前を叫ぶのは有意義。自分に聞こえるように、しっかりとね」
そっか。みんな魔術名を言いながら魔術を使うけど、それも意味があったんだな。俺、特に考えずに魔術名叫んでたけど。
「例えば、属性名ってあるでしょ。『金属性』とか『水属性』とか。あれ、実は厳密な分類定義は無いの。みんな便宜上適当に言ってるだけ」
「え!? そうなのか!?」
目から鱗だった。属性の名前にはきちんと意味があると思ってた。
「でもわざわざ『炎魔術』だの『雷魔術』だの属性ありきの名前を付けてるのは、イメージを明確にするためよ。自分が分かりやすい名前なら何でもいいの。『土属性』とか『岩属性』とか、同じ魔術でも違う名前で呼ばれたりするでしょう。あれ、名前なんて適当だからなの。何なら『砂魔術』とか呼んでる地域もあるし」
あ、言われてみれば。『ロック・ナックル』とか岩属性だったり土属性だったりするもんな。魔術属性の名前はどうでもよかったんだ。自分が想像しやすい名前でさえあれば。
「極論黙ってても具現化魔術は使えるけど、敢えて私はそれを義務化した。そこまでイメージの有無を極端にしないと、具現化魔術の欠点は乗り越えられなかったから。罠として強く認識しないといけなくしたの。逆に言えば、『罠じゃない』と私が思えば作れない。想像が全てなのよ」
「そっか。だから『トラップメーカー』は特別なんだな」
特別な魔術には理由があった。キョウカは彼女なりに探究を続けて、独自の技術を確立したんだ。
「そ。発動前に指を鳴らすのもイメージの具体化……というか、意識の切り替えに使ってる。本当は必須じゃないけど、心にメリハリを付けるのは重要よ。集中力が無ければ何も出来ないから」
あぁ、そうだったんだ。確かに集中は大事だな。ごめん。かっこつけて指パッチンしてたのかと思ってた。
強い代わりに制限も多い『トラップメーカー』。その全容がだんだん分かってきた。使い手だけあって、キョウカの説明は的確で分かりやすかった。
「最後に言っておくと、具現化魔術は全て寿命があるの」
「寿命? 魔術も死ぬのか?」
「貴方、馬鹿? 魔術に生死の概念がある訳無いでしょう。寿命って言い方は比喩よ。永久機関が開発されない限り、どんな魔術も有限の時間で効果を失う。具現化したものは時と共に縮小し、いつかは消えるのよ。
決め付けられたんですが。実際知らないけどさ。
「『トラップメーカー』は具現化魔術の割には長生きだけど……やっぱり自然消滅する。具現化魔術を相手する時は時間稼ぎも対策の一つね」
ふむふむ。勉強になるなぁ。
キョウカの話を噛み締めていると、彼女は「さて」と一息置いた。
「ここまで教えれば満足でしょ? 情報の差で負けた、なんて言い訳はさせない。全力で来なさいよ。それでこそ叩きのめす意味がある」
キョウカの講義はここで終わりだ。彼女も単なる善意で教えてくれた訳じゃない。敢えて手の内を晒す事で、対等な条件に持ち込んだ。余計な要素の介入する余地の無い、純粋な戦いの舞台を用意するために。
「ありがとう、キョウカ」
「何感謝してんの? 気持ち悪い」
相変わらず理不尽な対応だった。もう慣れてきたけど。
「準備は整ったようだね。じゃあやろうか! 3人での乱戦、楽しみだ!」
ザハドはいつの間にか俺から離れ、準備体操をしていた。さっきまでキョウカと戦って体は温まってるだろうに。
「今回は『スピリット・ロック・クロックワーク』は使わないよ。あれは魔術の訓練には向いてないからね。切り札が無くても俺は弱くないと証明してやろう」
大した自信だ。そうでなくては。
俺は『ミリオン・ワンド』を取り出した。魔術体育祭の優勝賞品、その実力をここで見せてもらおう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます