第4話 市場にて
まあ、そうですよねえ。と同行者を冷めた目で見る。
「……言っておくけど、ボクだって来たくて来たわけじゃないんだからね。師匠がついて行けっていうから仕方なくだよ。……読みかけの本だってあったのにさ」
「あっそ、で。どこに行く?」
「うん……まずは市場かな。あそこなら昼食に何かあるだろうしさ……」
同行者は先生の直弟子の魔法師見習いのフェイだ。短い銀髪につり気味の薄い緑の目。それから見習いだと一目でわかるように見習い用の飾りのない黒い三角帽子を被っている。
見習いでなくなると帽子に色々と飾りをつけてもいいのだそうだ。
私は近衛騎士見習いの制服を身に着けており、短めの練習用の剣を腰に佩いている。
設定では仲のいい魔法師見習いの少年と近衛騎士見習いの少年が一緒にお出かけ、ということらしい。
無理がある。
「ボクとでん……ウルバノの仲がいいってかなり無理」
「ほんとそれ。年齢くらいしか共通点なくない? 私はお前ほど引きこもらないし」
「は? ボクの方が年上だろう? 君はまだ十二じゃないか」
「たかだか三歳差で偉ぶられてもなあ。事実、私の方が偉いよね?」
「産まれで胸張るって恥ずかしくないの? 君の功績じゃないけど」
「は? いずれは聖剣だって抜くし」
「君に抜けるわけないね」
それが抜けるんだよなあ。どこまで本気で、演技なのか自分でもわからないままフェイについていく。
見えた目的地に私は感嘆の声をあげる。
まず人の多さに目を回した。洪水のように人が流れていく。露店では細かな細工の施された小物や、古い武器や防具まで、実にさまざまな売り物が取引されていた。
道の先まで露店が続き、色とりどりの品物を店先に広げる商人たちは客を呼び止めようと声を張り上げる。ぬるい風が香辛料のにおいと焼けた肉に匂いを運んできた。
食欲をくすぐられたのか。ぐう、とお腹の音が小さくなる。
「師匠にお小遣いをもらってきているから、何か買って食べよう。気になるものはあるかい」
「あの、串にさしているやつ」
「ああ、竜肉の串焼きだね。スパイスが多めに使ってあるから少し辛いけど」
「平気」
フェイが店主とやり取りするのを横で見る。乗り気でなかった割りにやることはやってくれるんだな。
会計を終えたフェイが串焼きの包まれた紙の片方を差し出した。それを受け取り、包みを開く。さきほどの美味しそうな匂いが袋からあふれ出る。フェイの言う通り、スパイスの粒が表面にそのまま塗されている。
一番上の肉にかぶりつく。柔らかい。噛んだとたんに肉汁が口の中に広がった。続いてスパイスの辛味。味付けはスパイスだけのようだ。それでも十分に感じるほど、肉そのものの味が際立っている。
「竜肉ってこんな味なんだ! 初めて食べた!」
「そう。よかったね」
城の食事は繊細な味付けのものが多いので、より新鮮というか、懐かしかった。
思っていたよりもジャンクな味に飢えていたのかもしれない。縁日で見つけると大して美味しくなくても焼きそばを買ってしまうのに似ている。味に関係なく、たまに食べたくなるものがある。
そのあと、異国の菓子だという一口サイズの果物を飴で包んだタンフールというお菓子を食べた。頬がとろけ落ちるような甘さだった。うまっ。
隣で食べるフェイも夢中で食べている。ははーん、少しだけ読めたぞ。
「フェイは甘いものが好きなんだ」
「は? そんなことないけど」
「さっきの串焼きとずいぶんと食べる速さが違うよ」
「……うるさい」
どうしてか認めるのが嫌なのか、フェイはそっぽを向いてしまう。残った菓子を口に投げ入れる。
「好きなものなら好きって言えばいいじゃない。隠して何かあるわけでもないんでしょう」
「……はぁ、まあ君にはわからないのかもね。普通はさ、男が甘いものが好きだとは言いにくいと思うよ」
「ふふっ、ああいや、フェイを笑ったわけじゃないよ」
フェイの言葉に思わず笑ってしまう。フェイの眉が吊り上がるのが見えて、慌てて言い訳をする。前ならどうだったろう。けど今、思うのは。
「普通とか、男ならとかマジでくだらねえわ」
普通に囚われないで、男とか女とか関係なく自分らしく過ごせたらいいのにということだ。私らしく、ウルバノらしく。どちらもとても難しいことのように思える。
「……驚いた、君もスラングなんて使うんだな」
「先生と爺やには内密に……」
「ふふっ、さあどうしようかな」
「言わないでよ! 怒られちゃう」
「嫌ならタンフールを頼めるかい」
「え! 私が?」
フェイは意地悪く笑いながら私の手に銅貨を握らせた。
「直接、見て触れてみるのも学びには重要だからね。ボクはここで待っているよ」
子弟で同じことを言われた。銅貨をきつく手に握って先ほどのタンフールーの店に戻っていく。少しドキドキしながら店主に声をかけた。
「おお! さっきの騎士見習いの坊ちゃんじゃねえか! 兄ちゃんはどうした? はぐれちまったのかい?」
「あ、あの、タンフールを二本ください」
「なんだ、なんだ! 気に入ってくれたのかい! うれしいねえ! ほら、出来立てのタンフールだ! 落とさねえように気をつけなよ!」
「うん」
「ははっ、おまけにもう一本、つけといたからよ。兄ちゃんと仲良く食べなよ」
「ありがとう!」
銅貨を手渡し、菓子の入った包みを受け取る。受け取り際に店主は小声でおまけをしたと囁いた。強面だけどいい人だ。
こんな何もないのに、おまけなんてしてしまって商売は成り立っているのか、少しだけ心配になってしまうけど。
そうして包みを抱えてフェイのもとへと戻る。市場にあふれる人の波をうまいこと、避けていく。
こんな人の中を歩くのは久しぶりであったけど、なんとか勘を取り戻せてきた気がする。どうにか誰にもぶつかることなく進めるようになってきた。
「うん。ちゃんと出来たみたいだね」
「当然」
合流し、フェイに菓子の包みを渡した。三本に増えた菓子は城に持ち帰り、先生とフェイと私の三人でお茶のおやつにすることにした。
城へ帰ろうと再び、市場の人込みをかき分けていく。
「」
ふと声が聞こえた。足を止めると、フェイが怪訝そうに顔をあげた。
「どうかしたかい」
「いま、何か聞こえなかった?」
「いや……騒がしいのはずっと聞こえているけど」
「そうじゃなくて、もっと小さな声」
市場の喧噪とは種類の違う声だった。か細く、振り絞るような弱弱しい声。
声の聞こえた方へと、足を向ける。市場の脇に細い小道がひっそりと存在していた。建物の隙間で日もほとんどさしていないような暗い道だ。
「行く気か」
「だって声がしたから」
「ボクはそんなの聞こえなかったけど……」
「先に城まで帰っていて。ちょっと行ってくる」
普段であれば暗くて先の見えない細い道なんて絶対に通らない。でも今の私には自信とも違う、男には私が想像するような最悪な事態だけは起こらないだろうという驕りがあった。
何でもないならそれでいい。聞こえた声が気になってしまって仕方がない。細い路地を声の方へ走った。
途中、油の浮いた水たまりを踏んでしまい、靴に湿り気が入り込む。冷たい嫌な感触に眉を寄せた。
積まれた木箱の上をネズミに似た小動物が足音をたてて走っていく。
小道の先は行き止まりで、高いレンガの壁がそびえている。ようやく足を止めて、やっぱり気のせいかと息を吐く。
レンガの壁の前には空の木箱が散乱し、古い布がいくつも折り重なっている。ゴミもここに集まっているようだ。ひどい悪臭に鼻をつまむ。
最後に本当に何もないのかと周辺を確認すると、かすかに布が動いた。
「……ああ、ひどい」
布を引っぺがす。布の中には全身を血のにじむ包帯に巻かれた少女が意識を失って倒れていた。
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