第2話 魔法の世界もリアル
記憶喪失もとい男になっちゃった事件から数か月。私はウルバノとして過ごすことに慣れてきていた。
思っていたよりも王子というのは大変で、勉強に剣術、他にも覚えなければいけないことが山ほどあった。それにプラスして魔法も勉強中だ。
この世界には魔法や魔族が存在している。魔法を使うことを生業にする人々は
魔法師の存在意義は社会への貢献などで宮廷魔法師以外の一般の魔法師も一部、制限があるものの専門職として国のあちこちで様々な相談に乗っているらしい。
魔法はそれぞれ決められた模様を描くことで発動する。簡単な魔法なら単純な紋ですみ、強力な魔法にはより複雑な紋を描かなければならない。
そんな中で魔族とは体内に固有の魔法紋を生まれつき有する生き物であるらしい。魔族の持つ紋には再現の出来ない複雑怪奇なものが存在するようで、大昔には戦争が始まることも多かったという。
「怖いですね」
「そうですねえ。でも今は魔王率いる魔王領とは不可侵を結んでおりますからあ、どちらかが攻めない限りは戦争にはなりませんよう」
くるくると杖を回しながら師となった宮廷魔法師のアキーレは微笑んだ。杖の回転に合わせて花柄のマグカップとティーポットもくるくると回っている。
場所は古い本が壁のように積み重なったアキーレ先生の研究室だ。私は教習用のノートを開いて先生の授業を受けている。話の合間に魔法の歴史も教えてくれるので、すごく楽しい。
「そのマグカップを浮かせるのはどうやるんですか?」
「これですかあ、これは実はですねえ。マグカップ事体に秘密があるんですよう。どうぞ、手に取って見てみてくださいねえ」
マグカップが下りてくる。言われた通り、手にもってマグカップを調べていく。
「あ、これ、底に紋が刻まれているんですね」
「正解ですう。器物そのものに紋を刻んでしまえばいちいち紋を描かずとも、魔法を使えるんですよう」
マグカップの底に簡易の移動紋が刻まれていた。先生が杖を振るのに合わせて緑に発光しだし、カップは再び宙に浮かんでいった。
「これは古い技術ですけれど現在でも頻繁に使われるものでしてえ、一般の市場にもよく出回っていますねえ。最もそういう中には効果のすぐに切れる物も多いんですが、これはきちんと器が壊れるまで効果が続くので安心ですねえ」
「紋を発動するのには使用者の魔力が必要なんですよね」
「そうですう。生徒が優秀で先生は教えがいがありますねえ」
そう先生に褒められる。どうにも先生の指導方針は褒めて伸ばすというものらしい。授業が始まってから、たくさん褒められる。その分、モチベーションも上がる。
「杖などには紋は刻まれていません。その代わり魔力に反応を示しやすい材質のものを使っているので、紋を描くことに適しているのですう。そういった材質の物に直接、複雑な紋を刻み込み、現れる効果を相乗させるという技術もありますよう。有名なところですと王家に伝わる聖剣などですねえ」
「聖剣……」
「……実物が大広間にございますので、見学に参りましょうかあ。直接見て、触れてみるのも大切ですからねえ」
そんなものがあるのかと、呟くと先生が眉を少しだけ下げて、気遣うような笑みを浮かべた。先生の表情で察してしまう。聖剣の存在はウルバノが知らないはずのないものなのだ。
先生のあとについていく。研究室から城の中央にある大広間までは庭園を通る必要がある。
青々とした樹木や、色とりどりの花々が咲き乱れている。柔らかな風は花の甘い香りと一緒に土の湿った匂いも運んでくる。石畳の小道を先生から少し遅れて歩いていく。かつかつと靴の鳴る音がする。
「いい天気ですねえ。授業が終わったらお茶でもしたくなってきますう」
「そうですね。木陰で昼寝なんかしたら気持ちがいいかもしれないですね」
先生が振り返る。にこにこと笑ったままだけど、少し怖い。
「殿下は、……。研究室に美味しいお菓子もあるのでえ、終わったらお茶にしましょうねえ」
「はい!」
再び歩き出した先生の背中を追いかけようとして、そのとき。風が大きく吹いて、香ってきた、似つかわしくない鉄錆のにおいに思わず足が動かなくなる。
「殿下? どうされましたあ?」
「あ、あの。忘れ物をしてしまいました。取りに戻るので、先に向かってください」
「まあ、何をお忘れに?」
「ええ、っと、その色々です! すみません! 失礼します!」
不思議そうな顔をする先生に頭を下げて、私は来た道を戻る。馴染み深いような鉄のにおい。正体は血の匂いだ。
多分だけど……いや、気のせいとか勘違いなら、その方がいいんだけどさ。もしかしたら怪我をして動けなかったり、急にきちゃって絶望していたり、するかもしれんし一応、確認だけはしておきたい。
恐る恐る匂いのする方へ足を進めて、木の幹に微かな赤いあとを見つけてしまう。まぎれもない血で、嫌な予感が強まっていく。
「……来るな」
茂みの奥から低い不機嫌を隠さない声がする。男にしては高めの声で、ああ、やっぱりそうなの?と心配が加速する。
近づこうとして、自分が男になっていることを思い出す。もしも想像通りの状態なら、そりゃ誰にも見られたくないだろう。とくに異性には。
気休めにもならないだろうけど、ポケットから取り出したハンカチを茂みに向かって投げる。
「てめえ!! 何しやがる!」
「それ使いなよ。困ったときはお互い様ってやつだ。じゃあな、ウルバノはクールに去るぜ」
「はっ!? 何言ってるんだ、てめえ」
困惑する声を残して、先生のもとへと戻っていく。一方的だけどいいことしたわ。ハンカチだけじゃマジで気休めにしかならないけど、ないよりはマシだろう。
そうして先生と大広間に設置された台座に突き刺さる聖剣を見学した。ちなみに大広間なので玉座には国王が忙しそうに執務を行っていた。
私と目が合うと陽気に手を振ってきたので、どうしたものか、少しだけ悩んで振りかえした。
「全部が白いんですね」
「ええ。ほら見えますかあ? 柄に紋が刻まれているんですよう。今は見えませんけど、刃にも幾重にも刻まれているんです。古い技術と魔法の込められた特別な代物でございますよう」
台座の聖剣を囲んで授業が行われた。大広間の天井付近にはめられたステンドグラスの光を反射して白一色でできた不思議な材質の聖剣は、厳かに光を放っている。
「どういう魔法がかかっているんですか?」
「そうですねえ、いくつもありますよう。中でも有名なのは持ち主を選ぶ、というものでしょうか。聖剣が聖剣たる理由の一つには、相応しい者にしか台座から抜けないというものがありますからあ」
「へえ……じゃあいつか聖剣を抜くことのできる相応しい人が現れたりするんですね」
かつて読んだ他国の王様の聖剣伝説を思い出して呟く。聖剣を抜くことができるのが勇者だったりするのはファンタジーではもはや鉄板だろう。すると先生はくすくすと口を抑え、肩を震わせた。
「もう現れておりますよう」
「そうなんですか! 私の知っている人かな?」
「この聖剣は、王に相応しい者にしか抜けません。以前、抜いたのは国王陛下でありました。殿下が産まれた日、国王陛下が自ら再び聖剣を台座に突き刺されたのですよう」
「えっ」
「代々、この国の王子たちは成人の儀に聖剣を抜くことで自らの王位継承権を証明して来たのです。それが伝統でありましてえ」
「じゃあ、私が成人するときに、聖剣を抜くんですか?」
「そうなりますねえ」
それって八百長では?
先生はにこにこと笑っているし、鎧に身を包む近衛騎士たちも話は聞こえているだろうに何かを言い出す気配はない。つまり、聖剣を抜くのは国家行事のようなものなのだ。
「え、ええ……」
「ご不安でしたら、試しに少しだけ抜いてみたらどうでしょう」
「いいんですか、それ」
「国民ならだれでも試していいんですよう。だからこうして大広間に飾られているんですからあ」
ちょっとがっかりしていると、先生に聖剣を抜くように促された。誰でもってフリー素材なんかよ……。
恐る恐る、聖剣の柄を握りこむ。ゆっくりと引き抜くと、確かに抜けるずるっという感覚はして、元に戻した。
「おや、抜かないんですかあ?」
「成人のときに取っておきます」
「おやおやあ、殿下は謙虚でございますねえ」
想像よりも簡単に抜けそうで、魔法のある世界でも、そういうパフォーマンスってあるんだあと思った。そういう伝説ってもっと、こうさあ。
「はあ……」
研究室に戻り、お茶の準備を待つ間に私は大きくため息を吐いた。
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