第12話転校生

 自由を手にして北に旅立ち、オレは北の名門キタエル剣士学園に入学。

 謎の激ヤセでイケメン風に激変したり、適性検査で魔道具を壊してしまったが、何とか元気に学園を過ごしている。


 ◇


 だが今朝、また事件が起きる。

 転校してきたマリエルという美少女に、いきなり抱きつかれてしまったのだ。


「お会いしたかったです! ローブの剣士様!」


 転校生マリエルは抱きつきながら、目をウルルさせて、ほおを赤くしている。


(えっ? えっ? ど、どうしたの、急に?)


 偶然、山中で一度だけ出会っただけなのに、どうしてオレに抱きついてくるんだ、この子は⁉

 何がどうなっているのか、分からず混乱してしまう。


「……なぁ……マリエル・ワットソン……って、もしかして……?」


「ああ、間違いない……あのワットソン家のマリエル様だ!」


「まさか、こんな辺境の学園に、転入してきたのか……」


 彼女の名前につて、クラスメイトたちもザワつき始める。

 主にザワザワしているのは、貴族の子息令嬢たち。


 おそらく、この銀髪の転入生の正体に気が付いているのだ。


「マリエルさん……キミはいったい?」


 見た目よりも、この子はかなり力が強い。

 なかなか離れてくれないので、抱きつかれながら訪ねてみる。


 先日の馬車の装飾具合で、かなり高位な令嬢なのは分かる。

 だがクラスメイトの騒ぎ方は、普通ではないのだ。


 本当に一体、何者なんだろう?


「えー⁉ ハリト君、あのワットソン家を知らないの?」


 そんな時、クラスの女の子たちが、オレに助け舟を出してくれる。


「ワットソン家は、この王国の王家だよ!」


「そうそう、そこにいるマリエル様は、本物の姫君だよ、ハリト君!」


「たしか……【薔薇の剣姫】って二つもある、凄い剣士なんだよ!」


 皆は口々に、マリエルさんの正体を教えてくれる。


(えっ……王家のワットソン家? お姫様? そういうことか……)


 クラスの子息令嬢たちが、騒ぐ理由が判明した。

 何故なら抱きついている少女は、現国王の実の娘の一人……本物のお姫様なのだ。


 クラス内にも何人か、貴族の子どもたちがいる。

 でも彼らは所詮、階級が低い貴族の家。


 本物の王家とは、天と地ほどの大差がある。

 だから、ここまで大騒ぎしているのだ。


「えーと、マリエル様……そろそろ離れてもらってもいいですか? 授業も始まるので?」


 事情を聞いて、気まずくなってきた。

 一向に離れていかないお姫様の耳元に、小声でお願いする。


「ひゃぁ、えっ? こ、これは失礼しました、フードの剣士様!」


 耳元で囁かれて、マリエルは正気に戻る。

 顔を真っ赤にして離れていく。


 真面目そうに見えて、少し“うっかりさん”なのかもしれない、この子は。


 でも、離れてくれて、ひと安心。

 これで授業に参加できる。


「……フードの剣士様……フードの剣士様……」


 でも離れてからもお姫さんは何かを呟きながら、オレのことを見つめてくる。


 周りのクラスメイトも注目しているので、すごく気まずい。


「えー、ごほん。そろそろ、よろしいですか、マリエルさん? 授業を始めたいと思います」


 そんな時、カテリーナ先生が助け舟を出してくれる。

 その隙を使い、オレは男子の方に逃げていく。


「さて、皆さんも気が付いているかと思いますが、このマリエルさんは王族です。ですが学園の規定にある通り、学園内では身分の差は、基本的に平等となります。ですから校内では“いち生徒”として対応してください」


「「「はい!」」」


 クラスの変な空気を、先生は解決してくれる。


 今の説明にあった通り、王国内の剣士学園では身分の差はない。

 そんな偉い人も、庶民の人も、“いち生徒”として平等なのだ。


 全員が整列して、ようやく授業が開始となる。


「それでは、今日は“基本の型”の稽古を行います。各自で好きな訓練武器を、持って来てください」


「「「はい!」」」


 先生の指示でクラスメイトは一斉に、壁際に向かう。

 オレも武器を選ぶために、後につづく。


「さて、どれにしようかな……」


 用意してある訓練武器は、多種多様だった。


 片手剣や両手剣、槍、斧、短剣、ハンマーなど、色んな武器が揃っている。

 さすがは元名門の剣士学園、教育資材も豊富だ。


「よし、オレはこれでいいかな?」


 その中からの片手剣を選ぶ。

 重さと長さも、ちょうどいい感じ。


 いつも使っていた剣……エルザに没収された愛剣と、同じくらいの感じだ。


(うっ……あの剣、どうなったかな……いや、今のオレは前向き! 過去は忘れていこう!)


 改めて自分の気持ちを切り替え。

 新たなる訓練剣を使い、集中して使うことにした。


「皆さん、武器は選びましたか? それでは“基本の型”の見本を見せるので、各自で真似していってください」


「「「はい!」」」


 いよいよ型の訓練がスタート。

 最初にカテリーナ先生が見本の型を、何個か見せてくれた。

 教科書とおりの美しい型だ。


「それは、はじめ!」


「「「いち! に! さん!……」」」


 皆で型の練習を始める。

 規則正しいリズムの掛け声が、鍛錬場に響き渡る。


「「「いち! に! さん!……」」」


 いつも騒いでいる人たちも、一生懸命だ。


 何故なら、ここにいる誰もが、一員前の剣士を夢見る若者たち。

 全員で必死に。型の稽古に励んでいた。


「いち! に! さん! いち! に! さん!」


 もちろんオレも同じ。

 一心不乱に素振りをしていく。


(やっぱり……剣は……いいな!)


 剣を振りながら、思わず笑みが出てしまう。


 何しろ王都からの道中は、落ちていた枝で素振りの練習をしていた。

 本格的な剣で素振りするのは、約一ヶ月ぶり。


 単調な型の練習とはいえ、本当に楽しい時間だ。


(ん?)


 そんな時である。

 横から――――“誰かの視線”に気が付く。


(ん……この視線は……まさか?)


 コッソリ視線の主を確認してみる。


 そこにいたのは銀髪の少女……マリエル王女だ。


(な、なんか、オレのことを凝視しながら、型の稽古をしているぞ⁉)


 彼女からの視線には、凄い力を感じる。


 まるで『オレの素振りは、一挙手一投足も見逃さない!』といった感じの気迫だ。


(な、何か、やり辛いな……どうして、こんなに凝視してくるんだろう……)


 美少女に見られるのは、普通なら嬉しいこと。

 でもマリエルさんの視線は、何かが違う。


 ちょっと怖い感じがするのだ。


(もしかしたら、オレの型が変なのかな? まぁ、気にしないでおこう)


 きっと年頃なお姫様の気紛れだろう。

 そう思うことにして、オレは稽古に励んでいく。


 ◇


 だがマリエル王女からの熱視線は、その後も収まらなかった。

 午前の型の訓練中、あれからずっと見られていた。



 その後の食堂での昼食中も。

 遠くからマリエル王女に凝視を感じていた。


 気まずかったので、声をかけようと近づくと、マリエルさんは逃げ去っていった。



 さらに午後の座学の授業中も、ずっと見られていたのだ。


 放課後に、また声をかけようと近づくと、マリエルさんはダッシュで逃げ去っていった。


(な、何があったんだろうか? もしかして、あの“三つ目大熊”の時に、怒らせちゃったのかな? やっぱり⁉)


 あの時は気まずくて、オレは挨拶もせずに逃げ去ってしまった。

 そのことを怒っているのかもしれない。


(とりあえず、明日の朝にでも、マリエルさんに謝ろう……)


 何しろ相手は、本物のお姫様。

 今後の学園生活のために、無礼がないようにしておきたい。


「よし、とりあえず今日は、部屋に戻るとするか……」


 放課後、校舎を離れて寮に向かう。


 途中、いつものキャピキャピ女の子軍団に、待ち伏せをくらってしまった。


 例のごとく、べたべたと接近されてしまう。

 いつものように胸を、オレに押しつけてくる子もいた。


 本当に恥ずかしいな……。

 でも、クラスメイトなので無下には出来ない。


「そ、それじゃ、さよなら!」


 タイミングを見計らって、密着包囲網から脱出。

 裏ルートを使って、寮まで逃げていく。


「ふう……ここまで来たら、安心だな……」


 学園での我が家、“無料寮”に到着。

 ここは普通の生徒が、絶対に近づかない僻地(へきち)にある。


 オレにとっての安息の場所。

 哀愁溢れる古い長屋を見て、一安心する。


(あれ? ん?)


 そんな時だった。

 遠くから、誰かの視線を感じる。


(この視線は……もしや……)


 後ろを振り向くと、銀髪の少女……マリエル王女がいた。


(マ、マリエルさん⁉ いつの間に⁉)


 もしかして校舎から尾行されていたのか?


 でも、気配はなかったのに?


「ようやく二人きりで、お話ができますね……フードの剣士様……」


 マリエルさんの表情は真剣……というか、少し思いつめたような表情だ。


(えっ……どうしたのかな?)


 こうして誰もいない場所で、王女様と二人きりになるのであった。

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